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メディアは権力を監視できるのか

最終更新時間:2006年06月15日 13時31分12秒

メディアは権力を監視できるのか

「明るい警察を実現する全国ネットワーク」 代表の原田宏二氏が、06/5/31に道警の元総務部長が北海道新聞等を相手取り、名誉毀損で訴訟を提起したことの経過などを含めて、以下の文にまとめました(2006年6月)。

この文章は「世界」2006年6月号に掲載された「北海道新聞と北海道警察の『手打ち』を問う」の基になったものです。それに、その後の道警や道新の動きなども付け加えたものです。PDFはこちら


メディアは権力を監視できるのか

明るい警察を実現する全国ネットワーク

代表   原田  宏二             

メディアで今、何が起きているのか

メデイアの緊急声明に違和感

2006年3月17日、日本新聞協会と民放連は緊急声明を発表した。

3月14日、東京地裁が、取材源を秘匿する読売新聞記者の証言拒否を認めないとする決定を出したからである。

取材源の秘匿について、この緊急声明は「堅守すべきジャーナリズムの鉄則。隠された事実・真実は、記者と情報提供者との間に信頼関係があってはじめてもたらされる」としている。

更に声明は「国民の『知る権利』の尊重には、公権力に対する『取材・報道の自由』の保障が最低必要条件。権力監視はジャーナリズムの根源的使命だ」としている。

私は、この東京地裁の決定に問題があるのはよく判っているが、この緊急声明には違和感を覚えた。

果たして、日常の取材活動の現場、メディアの内部で「権力監視はジャ−ナリズムの根源的使命」という命題が実践されているのだろうか。

私は、そのことこそもっと指摘されるべきではないのか、と素朴な疑問を持ったのである。

このところ、メディア関係者による金にまつわる不祥事やメディアの取材のあり方が問われる問題など、ジャーナリズムの根幹にかかわる問題があとを絶たない。

一般にはあまり知られてはいないが、わが国独特と言われる記者クラブ制度における権力とメディアとの関係にも弊害が目立ち始めている。最近、問題になっている「犯罪被害者の氏名公表」を巡る警察とメディアの関係に関する議論もそうしたことの現れの一つだ。

私の地元の北海道新聞は、地方紙とはいえ発行部数朝刊121万部、夕刊70万部、売上高約670億円(全国新聞業界6位)、北海道の購読世帯中70%のシエアーを持つ巨大なメディアである。 その北海道新聞でもジャーナリズムの根源的な使命といわれる「警察権力の監視」のあり方が問われる問題が起きている。

この問題は、決して北海道新聞だけの問題ではない。巨大な権力機関である警察と記者クラブとの関係など、メディア全体が真剣に考えなければならない多くの問題を含んでいる。 

北海道新聞取材班の奮闘

私は、2004年2月10日、記者会見を開いて北海道警察(「道警」)が長年にわたって続けていた裏金システムを告発した。

当初、かたくなに裏金システムの存在を否定した道警もついに組織的な裏金つくりを認め、9億6272億円を道と国へ返還して幕引きを図った。

告発の1年後、2005年3月10日には、告発の一つのきっかけにもなり、拳銃摘発対策を背景とする稲葉事件、警察の裏金システムの実態、権力構造としての警察組織の実態などを明らかにした『ホイッスルブローワー 警察内部告発者』(講談社)を出版した。

その序文にはこう書いた。

「地元紙の北海道新聞が道警相手にペンで戦いを挑み、敢然とキャンペーンを張ったことで、ついに、この税金(公金)不正使用は白日の下に晒されることになった。中央の大新聞やテレビがいまだに、こうした警察のスキャンダルに腰が引けているのを思えば、巨悪を追い詰めた地方ジャーナリズムの爽やかな勝利、大金星だった。」

事実、北海道新聞(「道警裏金問題取材班」、以下取材班)は、日本新聞協会賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞、菊池寛賞等を総なめにした。

巨大な権力、警察を相手にする私にとって、メディア、とりわけ地元の北海道新聞の取材班が書く記事は心強い味方であった。

「権力に歯向かう記者はろくな新聞記者ではない」

私のメディアに関する知識といえば、警察に在職中にサツ回りの記者との付き合の中で体験的に得たものくらいしかない。しかもそれは今から10年も前のことである。

そんな私に最近のメディアが抱えている問題を知る良い機会を与えられた。

2005年7月4日、東京で開かれた「メディアはなぜ追及できないか」と題するシンポジウムにパネリストとして招かれたのである。私が参加したのは、そのうちの「警察・検察報道の裏側」であった。   

私も警察の裏金問題追及でメディアが果たした役割や、いまだに警察の裏金問題が地方の問題にとどまっている現状、道警による取材班に対するバッシングなどについて話をした。

私は、メディア関係のパネリストがどんな話をするのか、興味深く聞いていた。美浦克教氏(共同通信社会部・新聞労連委員長)はこう語った。

「新聞社が、どんどん単なる「会社」になっている。今、全国各地の新聞社でものすごい合理化が始まっている。それによって経営トップをはじめとして、ジャーナリズムというものが社内で語られることが少なくなった。社会部でいえば、事件があったときに警察が動くかどうかが特ダネとして評価されるという構図がずっと続いていた。その習い性から抜け出せないので、紙面は旧態以前としたニュースしか出すことができない。それが現状ではないかという気がする」

北村肇氏(元毎日新聞社会部・週刊金曜日編集長)はこう語った。

「なぜ書けないかというと、警察の悪口を書いてしまったらネタが取れなくなる。社会部から追われて自分のやりたい仕事ができなくなる。だから書けない。しかし、今はそれだけではなく、権力に歯向かう記者はろくな新聞記者ではない、という雰囲気がいくつかの全国紙にある。

理由のひとつは、会社の上層部、つまり経営構造が、ほとんど政治部と経済部に握られている場合が多いことである。何かを批判したとき、批判を潰そうとする体質は、社会部と警察担当記者にもあるが、政治部・経済部記者の方がさらに大きいと実感している。」

警察と記者クラブ “信頼関係”という癒着構造

発覚、内部告発

警察の裏金システムが、何時始まったかは分からない。

1984年には警察キャリア官僚だった故松橋忠光氏(故人)がその著書「わが罪はつねにわが前にあり」で、裏金つくりが中央から全ての都道府県にわたる全警察組織で行なわれていると明らかにした。

1990年代には警視庁長崎県警熊本県警愛知県警などでも発覚している。しかし、いずれも一部のメディアが断片的に取り上げただけで、疑惑追及の大きな流れにはならなかった。

2000年代に入ると情報公開の波に乗って市民オンブズマンの先進県宮城県で県警の捜査用報償費の執行に関する情報開示訴訟が提起され、また香川県でも県警が架空請求によって裏金をプールしていた疑惑も表面化した。

2003年になると、全国のメディアに先駆けて高知新聞が県警の裏金疑惑のキャンペーンを展開した。

その年の11月になると、テレビ朝日の番組「ザ・スクープ」による道警旭川中央暑の捜査用報償費の不正支出疑惑が報じられたことをきっかけに、道新の道警裏金疑惑キャンペーンが始まり、警察の裏金疑惑は、静岡県警福岡県警京都府警へと飛び火し、更には愛媛県警の現職警察官仙波敏郎氏による内部告発と続いた。

裏金システムを隠蔽する警察庁

警察組織は、警察法では都道府県警察を建前にしている。しかし、実態は、警察庁が、人事、予算権などを駆使して各都道府県警察を事実上支配する国家警察である。

ところが肝心のその警察庁は、いまだに警察の裏金問題は地方の問題であり中央のあずかり知らないこと、と嘯いている。

しかし、これだけ多くの都道府県警察で裏金システムが発覚している事実は、全国の警察で同じような裏金システムが存在したことを物語っている。

私は在職中に警察庁へも出向したことがあったし、他府県警察にも勤務した経験をもつ。そこでも道警と同じ裏金システムが間違いなく存在していたのである。加えて、裏金システムの発覚を防ぐために警察庁が先頭に立って都道府県警察を指導していた事実も知っている。

大手メデイアの罪

こうして全国の警察に連綿と続いてきた裏金システムについて、一部のメディアが単発的に報じただけで、何故か本格的な追及をしなかった。しかも、メディアは、警察官などの匿名、実名の内部告発や市民オンブズマンの活動を受けて、はじめて報じたものがほとんどである。メディアは、警察の裏金問題を報じることをタブー視してきたのだ。

メディアだけではなかった。

警察権力をチエックするべき公安委員会、知事、議会も、警察の裏金システムの全貌を明らかにすることには極めて消極的であった。そのこともメディアは報じることはなかった。そうした意味では、メディアは二重の罪を犯していることになる。

2003年11月、北海道から全国に広がるかに見えた警察の裏金疑惑は、道警が3億9000万円の使途不明金など疑惑の肝心な部分を明らかにしないまま9億6272億円を返還し、発覚した全国の警察でもトータルで12億800万円を返還し幕引きを図ろうとしている。

明らかになったのは氷山のごく一角に過ぎない。またもや、警察の裏金システムは、真相を明らかにされないままヤミに葬られようとしている。この間、警察の裏金疑惑でキャンペーンを展開したのは、高知新聞、北海道新聞、愛媛新聞と一部のテレビ局であった。

中央紙といわれる大手のメディアは、警察の裏金問題は、地方の問題として腰を引いたままであった。

これは何故か、全国警察の頂点に立つ警察庁の思惑と一致している。何故、メディアは警察の裏金疑惑を地方の問題で終わらせてしまうのだろうか。

記者クラブ/記者と警察の癒着の場

警察には、上は警察庁から各都道府県警察、主要警察署まで記者室を取材拠点とする記者クラブが置かれている。

「記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解」によると、「記者クラブは、公的機関などを継続的に取材するジャーナリストたちによって構成される『取材・報道のための自主的な組織』である」とされる。

そのなかで、日本の報道界は情報開示に消極的な公的機関に対して、記者クラブという形で結集して公開を迫ってきたという歴史がある。国民の「知る権利」と密接に関わる記者クラブの目的は、現代においても変わらない、と強調している。

しかしながら、記者クラブの弊害を指摘する声も強い。

その一つは、記者クラブを介しての記者と警察の癒着である。

道警担当キャップとして、取材班の記者たちを引っ張った佐藤一氏は、先のシンポジウムでこう語っている。

「警察の裏金問題をやるかやらないかというのは、警察からの事件・事故情報をもらうかどうかというところで判断を迫られる。(中略)市役所や町役場などで何かあったときは、かなり集中的に批判できるのに、警察に対してはちょっと手ぬるいところがあって、それは自分の反省でもあった。今回、裏金の問題が出てきたときに、ようやく自分でもそういう立場でやれるんじゃないかと個人的に思った」

道警の裏金疑惑を追及するなら警察から事件・事故情報がもらえなくなることを覚悟しなければならない、と佐藤一氏が語っているのだ。

記者クラブの記者たちは警察発表や記者会見に頼り、その内容をまとめるだけが仕事になりがちだ。

道警記者クラブは、道警本部庁舎の2階にある。加盟しているのは、新聞社、テレビ局、通信社19社である。記者クラブの対応窓口は警察の広報課で、記者クラブの部屋の直ぐ隣にある。

各社の取材体制を見ると、北海道新聞は8人、それに対して東京読売新聞などの中央紙やテレビ局はその半分以下である。無論、紙面の量の差はあるにしても発生する事件・事故の数は同じである。

体制が弱いほど、警察発表の内容が、真実かどうかを確かめることがおろそかになり、次第に警察の情報コントロールに支配され惑わされやすくなる。

それだけではない。北村肇氏や佐藤一氏が指摘するように、警察の悪口を書けば警察からネタがもらえなくなるのだ。

そして、警察発表とおりの記事を書いていれば、それが誤逮捕であっても冤罪であっても責任を問われることはない。犯人逮捕の記事はメディアによる事実上の即決裁判に等しい。

現場で記事を書いている記者たちには警察発表に何の疑いも持たなくなっているのではないか。私は、警察の捜査の実態をつぶさに知っている。自らも何度も失敗した。決して、無条件で信用できるようなものではないことだけは言っておきたい。

「特ダネ」と「特オチ」

私の在職中の体験では、サツ回りの記者たちに共通していたのは特ダネ意識であった。サツ回りの記者たちに言わせると「特ダネ」とは社会面トップ級の記事を他社に先駆けて書くことであり、「特オチ」とは2社以上の他社に先に書かれることのようだ。

他社に先駆けて半日早く記事を書ける記者が優秀な記者という評価を受け、「特オチ」する記者がダメな記者という評価が新聞社の中でまかり通っているのではないか。

こうした一般読者には理解しがたい価値観が警察に付け入る隙を与えている。

記者たちをコントロールするのは簡単だ。「特ダネ」になりそうなネタを特定の記者にちらつかせ、「特オチ」しそうな記者には、特ダネ潰しにならないタイミングでそっと耳打ちをして救ってやればいい。

こうしておけば、警察批判記事なんか書けなくなる。それどころか、たまには警察の「提灯記事」を書いて警察に擦り寄るような記者まで出てくる。

記者はだれでも知っている

一度でも、サツ回りを体験した記者であれば、警察の裏金つくりを知っていたはずである。警察の幹部にタダ酒を飲ませてもらったり、餞別を受け取った経験のある記者もいるのではないか。無論、その出所は裏金だったと考えるべきだ。真偽のほどは分からないが、昔は捜査費のニセ領収書つくりに協力していた記者がいたという俄かには信じられない話も耳にしたこともある。

メディア対策は不祥事対策

警察のメディア対策は、基本的には不祥事対策である。

警察の不祥事をいかにしてメディアに隠すか、警察の不祥事はメディアに報道されてはじめて不祥事になる。

メディアに登場してしまった不祥事は、警察官個人の資質の問題として、組織的な背景やその責任を隠蔽し、警察組織のダメージを極力抑えることがメディア対策の要諦である。

稲葉事件報道は、その典型だ。稲葉元警部は、覚せい剤の密売に手を染めた悪徳警察官としてのみ報道された。メディアは、当初、その背景にあった裏金システムや銃器対策課の数々の違法捜査には全く触れもしなかった。こうしたやり方は、警察官の不祥事報道に共通している。かくして、悪徳警察官が誕生するのだ。

持ちつ持たれつの“信頼関係”

ついでだが、警察の記者クラブの維持管理に必要な経費、例えば、記者室の使用料、光熱費、電話代、清掃費、受付の人件費などは、どこが負担しているのか。公費、つまり税金で負担されていたとしたら問題だろう。

北海道は、財政難から新年度から「道政記者クラブ」に対して、光熱費、水道料等約250万円の支払を求めることになったという。当たり前の話だろう。こんなところにもメディアの思い上がりと権力との癒着構造が見え隠れしている。警察の記者クラブはどうなっているのか。

記者クラブのもう一つの問題は、その閉鎖性だろう。

記者クラブが、加盟している特定の新聞社・テレビ局などだけに取材を独占させることから、閉鎖的だとの批判がある。

2005年7月に舩川輝樹週刊現代副編集長などが警察庁と記者クラブ加盟15社を相手取り、警察庁庁舎内で行なわれる警察庁長官記者会見に出席し質問することを妨害してはならない、との仮処分申請を東京地裁、同高裁に申し立てたが却下され、最高裁に特別抗告したことは記憶に新しい。

道警の記者クラブの場合には、記者クラブに加盟するのには2社以上の推薦で、クラブ総会で議決することが必要とされる。

記者クラブとの窓口になる道警広報課は、道警の記者クラブに加盟していないメディアには基本的に対応しないという姿勢を貫いている。

記者クラブの閉鎖性は、情報コントロールを狙う警察としては、願ってもない好都合なことである。

警察記者クラブと警察との関係は、持ちつ持たれつの“信頼関係”というベールに包まれた癒着関係である、と言っては言いすぎだろうか。

都道府県警察で培われた警察キャリア官僚とメディアとの“信頼関係”は、そのまま中央レベルに持ち込まれる。こうして、警察庁上層部と中央のメディアは太いパイプで結ばれることになる。

道警記者クラブで何が起きたのか

道警=警察庁の道新対策

2004年3月には、私が北海道議会総務委員会に参考人として招かれ、道警で長年にわたって続いていた裏金システムについて証言したほか、元弟子屈暑の次長齋藤邦雄氏が裏金の実態を証言するなど、道警の裏金疑惑の追及は一気に盛り上がりをみせ、メディア各社の報道は熱気を帯び情勢は騒然となった。

これに危機感を持った道警は、3月29日付けの異動で記者クラブを主管する広報課の体制を一新した。

広報課長には、過去に次席や指導官(いずれも警視ポスト)として広報課に籍を置いた経験があり、北海道新聞に太いパイプがあるとされる岩田満氏を配置し、巻き返しを図る体制を作った。

2005年4月には、警察庁は、道警の議会対策をはじめ予算や広報を主管する総務部長に前警察庁広報室長の永井達也氏を配置した。それまで総務部長ポストは道警地方幹部の最高ポストになっていたが、6年ぶりに警察庁キャリアが就任したのである。警察庁がいかにメディア対策、つまりは北海道新聞対策を重視していたかを物語る人事であった。

道警の執拗な嫌がらせ

北海道新聞の取材班は、道警担当キャップ佐藤一記者ら8人が、通常の事件・事故の取材をしながら裏金問題の取材を進めていた。メンバーの誓いは「本気でやること」、「続けること」だった。

予想したとおり道警の執拗な嫌がらせが始まった。

道警は、事件・事故の発表の際、関係者の年齢や細かい住所を省いて会見し、道新の記者にだけは補足取材に答えないといった嫌がらせをしてきた。ときには、道新の記者がいるのを見つけると「出て行ってくれ」と発表の場所から退席するように求められたこともあるという。

道警本部の広報課に顔を出すと「何しに来たんだ」と露骨に言われ、道警にとって厳しい報道をしたときなどは、2〜3時間がんがん同じことを繰り返して言われたようだ。

取材班の記者たちは、それまで取れていたネタが入らなくなる。道警の兵糧攻めが始まり、再三にわたり「特オチ」をするようになったという。

記者たちは、それでも取材の手を緩めなかった。北海道新聞の取材班が書いた警察の裏金問題に関する記事は実に1400本を越えるという。

緊急声明とはかけ離れた取材現場の現実

私が、驚いたのは、こうした取材班の記者たちの取材に対するあからさまな差別や圧力に対し、記者クラブの他社の記者たちが、見て見ぬ振りをしたことだ。それは、日本新聞協会が言う「記者クラブは、記者個人としての活動を前提としながら『記者たちの共同した力』を発揮するべき組織である」とは、余りにもかけ離れている。

それどころか、「道新さんは酷いですよね。うちは絶対あんなことは書きません」などと道新の報道を批判して、広報課の幹部に擦り寄っていった他社の記者までいたという。

私は、あるとき中央紙の記者に「記者クラブとして、道警の道新いじめはおかしいと思わないのか。クラブとして道警に抗議しないのか」とたずねた。彼は、言葉を濁して答えなかった。その後、道警の記者クラブがそうした抗議行動をとったとは聞いてはいない。

元朝日新聞編集委員 落合博光氏の「朝日新聞が警察に屈した日」(文芸春秋2005年10月号)に、朝日新聞北海道報道部次長の1人が落合さんにこう打ち明けという記述がある。当時の道警記者クラブの様子がよく現れているので紹介させてもらう。

「それまでなら、道新に流れていたはずの特ダネがうちに回ってくるようになったと(現場の記者から)聞いています。札幌の陣容は少数ですから、東京本社の応援が欲しかったのですが、応援を出そうという話はありませんでした。全国版の記事の扱いは東京本社が決めるのですが、総じて大きく扱ってもらえない。『北海道の話に過ぎない』という理由をあげた東京本社のデスクもいました」

汚い言葉だが、これではまるで「もらい乞食」、よく言って「漁夫の利」ではないか。そんな記者たちに「報道の自由」を語る資格はない。だからこそ警察権力につけ入られるのではないか。

道警の広報課は、こうして道新の裏金報道の取材活動を牽制すると同時に、記者クラブ内での取材班の孤立化を狙ったのである。

道警記者クラブは、北海道新聞とそこに記事を流す共同通信と時事通信、それにテレビの一部のグループとその他の全国紙のグループの二つに色分けされたといわれる。

不祥事が続発する北海道新聞

追及途中で異動する取材班記者たち

2005年3月以降から7月にかけて、道警の裏金疑惑を追及で取材班を引っ張っていた高田昌幸報道本部次長をはじめ佐藤一道警担当のキャップ、サブキャップなど主要なメンバーが1人またひとりと異動になる。しかも,異動先は、札幌の本社から遠く離れた東京支社である。高田昌幸氏は現在はロンドンに駐在する。

私は、このときの北海道新聞の人事異動を不審に思った。

本人たちの希望もあってのことだろうが、5月末に道監査委員の確認監査結果が判明したとはいえ、まだ、道警の裏金疑惑の全貌が解明されてはいないのにどうしてだ。

これで取材班は事実上骨抜き状態になった。7月以降、「道新」の道警裏金問題に関する記事は激減した。北海道新聞も、裏金報道から手を引こうとしているのか。

上層部の交替

取材陣だけではなく上層部も交替した。

2005年7月、北海道新聞の取材の中枢である編集局報道本部本部長にH氏が就いた。彼は前任の「経営企画室」では、次に述べる広告問題、訴訟対策、対外折衝などを担当していた。室蘭支社営業部次長の事件などの一連の不祥事の処理でも報道対応や警察との連絡に当たっていたという。

H氏は、道警のサツ回りキャップの経験もある。北海道新聞と道警が“信頼関係”にあった時代のサツ回りの責任者で、当時の広報課指導官が岩田満広報課長であった。

こうした一連の人事は、北海道新聞の上層部の考えを暗に示している。

そして、それには重大な伏線があった。道警の裏金疑惑を追及していた北海道新聞の内部ではとんでもないことが起きていたのだ。

道新、上層部の不祥事を隠蔽

東京読売新聞の記事を読んでみよう。

「2004年5月27日、北海道新聞室蘭支社営業部次長(55歳)が、広告の売り上金約6000万円を着服していたことが発覚し、道警の捜査4課等に逮捕された。

この次長は、暴力団との関係も取りざたされ、広告売り上金による裏金つくりが部内の“公然の秘密”となっていた可能性がある、と道警はみている。

道警は、北海道新聞の菊池育夫社長から任意で事情聴取した。」この次長は、2005年3月札幌地裁で懲役4年の実刑判決を受けた。

ところが、北海道新聞の金をめぐる不祥事はこれだけでは終わらなかった。

2005年10月、北海道新聞は「今年6月に退職した東京支社元広告部長が営業広告費約500万円を私的に流用し、飲食費などに当てていた。元部長は弁済の意思を示しているので、刑事告訴はしない」と発表した。

あるマスコミ関係者によると、北海道新聞では、外部に迷惑をかけた事件でなく、本人が弁済を約束したので、あえて公表する必要がないと判断していたが、マスコミ他社の取材があったため、あわてて公表したという。

これは、幹部の不祥事を隠蔽したといわれても仕方がない対応であった。    

北海道新聞の不手際はまだ続いた。

これも東京読売新聞の記事を読んでみよう。

「北海道新聞社は、元部長の退職後に流用が発覚したと説明していたが、広告局では退職前から流用を把握していたことが判明した。同局は、不祥事を知りながら同部長を依願退職させ、弁償も求めていなかった。」

同紙はさらに、北海道新聞経営企画室の話として「広告局では5月の連休前に、疑惑が浮上して調査を行い、元部長も事実を認めたが、退職金の出る依願退職を申し出て、6月末に退職させてしまった。8月に経営企画室に内部告発があって、一連の経緯が判明した」と伝えている。

「北海道新聞東京支社の元部長が広告営業費500万円を私的に流用した問題で、元部長に支払われた退職金2000万円について、同社役員が穴埋めすることを決め、労働組合に伝えていたことがわかった」

こうした北海道新聞の内部処理のやり方は、本来、刑事事件となる可能性のある事件を刑事告訴することなく内々に不問に付し、懲戒免職にすべき事件を依願退職にして退職金も支払うなどあいまいな形で処理した、と指摘されても仕方がない。

本来支払うべきではない退職金を支払うことは、北海道新聞上層部による特別背任罪の疑いも出てくる。あわてた、菊池育夫社長ら11人の役員がこの2500万円を負担することになったという。

連続する北海道新聞幹部の金にまつわる不祥事と北海道新聞上層部の不手際を道警が見逃すはずはなかった。

北海道新聞の「おわび」と社内処分

取材班記者を処分!

2006年2月1日 「道新」朝刊に「北海道新聞社の編集局長ら処分」という見出しのベタ記事が載った。

北海道新聞は31日、道警と函館税関による「泳がせ捜査失敗疑惑」を報じた記事をめぐって1月14日に「おわび」を掲載した問題で新蔵博雅常務・編集局長を減給するなど合わせて7人の処分を決めた。編集局長以外は、当時の報道本部長と編集局次長が減給、紙面化に携わった当時の報道本部次長、記者3人がけん責、当時の編集本部員1人を戒告とした。

処分された当時の編集局報道本部の次長高田昌幸氏以下の現場の記者たちは、一連の道警の裏金報道の記事を書いた記者である。

権力機関からの攻撃から守られるべき彼らが、何故、北海道新聞に処分されなければならないのか。そこには、一連の道警の裏金報道をめぐる道警とのバトルと道警の恫喝に屈したとしか思えない北海道新聞上層部の不可解な対応がある。

社内調査報告

2006年1月14日「道新」第2社会面に「『泳がせ捜査』記事の社内調査報告」なる記事が載った。そして、「裏づけ取材不足」、「『組織的捜査』確証得られず」という見出しも目に入った。

「泳がせ捜査失敗疑惑」記事とは、2005年3月13日の「道新」朝刊の記事のことである。

内容は、「道警の銃器対策課と函館税関が2000年4月ころ、(けん銃摘発を目的とした)泳がせ捜査に失敗し、香港から石狩湾新港に密輸された覚せい剤130キロと大麻2トンを押収できなかった疑いがある」とするものだった。

稲葉事件

この「泳がせ捜査」については、冒頭に述べた拙書『ホイッスルブローワー 警察内部告発者』の中でも触れた。だからこの記事は私にも無関係ではない。ここで平成の刀狩と稲葉事件について説明しよう。

1992年、警察庁は全国の警察にけん銃の摘発を徹底するように大号令をかけた。平成の刀狩である。1995年には国松警察庁長官がけん銃で狙撃されるやそれはピークに達し、2002年稲葉元警部の逮捕をもって終わりを告げた。

この間、けん銃摘発のノルマに追われた都道府県警察は、けん銃の所持者を秘匿してけん銃だけを押収するという「首なしけん銃」の摘発という手法を編み出した。さらには捜査員がヤクザからけん銃を買うといったとんでもない違法捜査にまでエスカレートしていった。

その結果、長崎、愛媛、群馬、兵庫県警などで、次々とけん銃摘発を巡る違法捜査が発覚し、現場の刑事たちが職を追われた。これはおそらく氷山の一角であったろう。道警も例外ではなかった。

稲葉元警部は、道警の銃器対策課のエースともてはやされ、道警のけん銃摘発の実績を一人で背負っていた。稲葉が所属していた銃器対策課では、捜査費が裏金に回されていた。刑事は捜査に必要な費用をいわば自前で工面しなければならなかった。捜査協力者を保持していく資金に窮した彼は、覚せい剤密売に手を染めるうち自らも使うようになり逮捕された。彼は実刑判決を受け服役中である。

稲葉元警部は、自らの裁判で銃器対策課のけん銃摘発をめぐる数々の違法捜査について証言した。「130キロの覚せい剤の密輸」は、覚せい剤などの密輸を何回かわざと見逃し、最後にはけん銃を摘発するといった違法捜査である。

当時の上原道警本部長は、稲葉元警部の証言について道議会で「そのような事実は把握されなかった」と否定した。

彼はこのけん銃摘発を目的とした「泳がせ捜査」については、2003年3月3日付で札幌地裁に提出した「上申書」でも詳細に述べた。

自らの罪を認め服役した彼には、虚偽を言い立てる動機がない。

稲葉を部下に持ったことがあり、その人となりを知っている私は、彼の話は本当だろうと思ったし、今もなおそう思っている。

北海道警察の冷たい夏」

この問題については、私だけではなく、「北海道警察の冷たい夏」(講談社文庫)の著者である曾我部司氏が「北海道警が闇に葬った大スキャンダル」(月刊現代04年9月号)でも明らかにしている。同氏は、このやらせ捜査の実態を広範囲な現地取材により裏付けたと語っている。その曾我部氏も「闇に葬った」と指摘しているのだ。

今となっては、証拠をもってこの事実を裏付けることは極めて至難なことではある。だからといって「泳がせ捜査の失敗疑惑」が事実無根であったとは思えない。

しかも、事実無根を立証する責任は道警側にある。

道新はだれにおわびしたのか

北海道新聞はどうして「おわび」などを掲載したのだろうか。

その「おわび」記事について北海道新聞の新蔵博雅編集局長はこうコメントしている。

「社内調査の結果、全体として説得材料が足りず不適切なものであったとの結論に達しました。疑いを裏付ける続報を展開し得なかった力不足についても率直に反省しています」

そもそも、1年近く前の「道新」の記事について、当の北海道新聞が今になって何故「おわび」を載せなければならなかったのか、理解できる読者はいないだろう。

道警は、銃器対策課の数々の違法捜査をヤミに葬った。ロシア人船員のけん銃不法所持事件をめぐる捜査員による組織的な偽証事件に見られるように、偽証をしてまでも違法捜査を隠蔽しようとするのが道警のやり方であった。「覚せい剤130キロの密輸事件」などをいまさら道警が事実を認めることなどはありえない。

当時の捜査員は口をつぐみ、証拠となる覚せい剤などは散逸している。ヤミからヤミへ葬られたのだ。

新蔵編集局長のコメントに「説得材料が足りず不適切」とあるが、どんな説得材料を集めることができるのかを具体的に明らかにするべきであろう。

この記事を取材した記者たちは、長い間の取材を経て合理的に判断して、真実だと確信して記事にしたと聞いている。編集局長はじめ上層部もそれを知っていたはずだ。

この「おわび」は何のために掲載されたのか。北海道新聞は誰に「おわび」したのか。読者ではない。どう読んでも「おわび」の相手は道警だろう。

2006年1月14日の毎日新聞には、道警本部の岩田満広報課長の「当該記事の訂正も行なわれておらず、道民の誤解を解くものとはいえない」とのコメントが載った。道警は北海道新聞の「おわび」に納得せず、記事の訂正と削除を求めている。

権力機関を監視することがその使命であると自負する新聞が、警察に「おわび」するのはいったいどういうことなのか。

北海道新聞は、「おわび」を書くより、道警がヤミに葬ったけん銃摘発をめぐる数々の違法捜査を自らのペンで暴きだし、その実態を道民の前に明らかにするのが先決ではないのか。

私には、不可解なことばかりである。

北海道新聞の社内調査とは何だったのか

地道な裏付け取材

北海道新聞の「おわび」は、一連の道警の裏金報道とは表面上無関係のように見える。

社内の一部には、道警との対立を快く思わない社員もいたし、取材班が一連の裏金報道で数々の賞を受賞したことへのやっかみもあり、「泳がせ捜査失敗疑惑」の記事は捏造でないか、あるいは、取材が杜撰だったのではないかといった声もあったようだ。

この記事を書いた記者たちは、取材着手から記事化まで3ヶ月強を要し、現職警察官や暴力団関係者からの直接取材も行なったと説明している。

北海道新聞は、一体どんな内部調査を行い、記事を書いたとされる記者たちは、これにどう対応したのか、メディア各社の報道と北海道新聞の内部資料を基に、検証してみた。

「そのときは受けて立つ」

北海道新聞の取材班の一連の裏金報道の記事については、その都度、道警から多くの抗議がなされていた。

「泳がせ捜査失敗疑惑」の記事も2005年3月下旬以降、道警から「事実無根」の抗議が繰り返され、記事の訂正、削除を求めてきた。

北海道新聞はその都度、文書で「問題はない」と回答していた。これらの回答はその都度編集局幹部の了解を得た上で行なわれていた。

その後、「道警が名誉毀損で提訴するらしい」との話が北海道新聞に伝わってきた。記者たちは、そうした訴えは現実には起こせないことや取材の経過、記事の組み立て、取材源等を再度会社側に説明した。

その上で、北海道新聞としては「もし、道警が訴訟を起こしてきたら、そのときは受けて立つ」ということが共通の認識となった。

関係の正常化

ところが、2005年9月になると編集局幹部の間から「取材現場も困っている。年内には決着したい。道警に謝るか、紙面で謝るかのどちらかではないか」という趣旨の意向が漏れ始めた。

このころには、編集局幹部から、「道警が『裏金報道は書かれても仕方がないが、泳がせ捜査は事実無根。この記事で北海道新聞がけじめを付ければ、関係を正常に戻す』と言っている」旨の話もあったという。

いったいここでいう「道警と北海道新聞の関係の正常化」とは何を指すのか。先に述べた虚構の“信頼関係”の上に立った癒着関係に戻るということなのか。

「調査内容は道警に伝える」

何故、北海道新聞の方針が急変したのか。

こうした、北海道新聞内部の動きは、10月に発覚した東京支社の元部長による広告営業費流用事件の事後処理の動きに見事に連動している。この事実は、東京支社では5月に、本社経営企画室では8月には既に知っていたからだ。

10月に入ると情勢は緊迫度を増してきた。「道警の提訴が近い」という話が編集局内で出はじめ、「調査委員会を作る」という話が浮上する。

道警から北海道新聞に具体的にどんな圧力があったのかは分からない。しかし、北海道新聞が、社内調査をせざるを得ない状況に追い込まれて行ったのが分かる。

取材班のメンバーは、会社側の方針が「調査委員会の調査内容を道警に伝える」とのことだったため、「この記事の情報源は複数の現職警察官であり、道警に調査内容を伝えると情報源が特定される。『正常化』を優先するあまり、報道機関としての役割を放棄することになりかねない。」などと反対した。「調査委員会」の設置は見送られたが、編集局に調査チームができた。メンバーは、編集局次長、先のH氏など3人である。北海道新聞は道警に対して「調査に着手した」と連絡した。

道警を信用失墜させた中心人物の奮闘

このことは、11月10日付の毎日新聞が次のように報道したことで判る。

北海道警の不正経理問題や稲葉圭昭元警部(服役中)の不祥事に関連した北海道新聞社の一連の報道を巡り,道警と道警元総務部長佐々木友善氏(61歳)に『ねつ造された記事がある』と指摘された同社は内部調査に着手していることが9日分かった。同社は取材した記者らに事情を聴き、12月上旬をめどに調査結果をまとめる見込み」

朝日新聞も、その日の夕刊で「北海道新聞社が記事の内部調査『ねつ造』指摘受け」と後追いする。

私は、この記事を読んで不思議に思った。

佐々木氏は、2003年11月に発覚した道警の裏金問題について、当初「不正経理の事実はない」と全面否定した当時の芦刈勝治道警本部長の側近の1人で総務部長のポストにあった人物である。総務部長は、議会対策を担当する総務課、予算執行の中枢である会計課、メディア対策の窓口の広報課の最高責任者である。いわば、裏金問題の対応をめぐり道警の信頼を失墜させた張本人でもあるのだ。

佐々木氏は、警備・公安部門での勤務が長く、2004年3月に道警を退職している。

あとで述べるように佐々木氏の北海道新聞に対する執拗な追及はその後も続いている。道警と北海道新聞の問題に何故道警を退職した人物が登場するのか、その真の理由はヤミのなかにある。

取材源の秘匿を巡って

11月になると、調査チームによる取材班のメンバーに対するヒヤリングが始まる。

取材班に対するヒヤリングは1人1回ずつ行なわれたが、ほぼ全員が取材経緯の個別質問には応じていない。

ヒヤリングでは、取材源だった複数の道警現職捜査員の属性、暴力団関係者の氏名などの明かすように求められたが、「情報は社内にとどめ、道警など外部には一切、漏らさないという保証がない」との理由で答えていない。

彼らは、ヒヤリングの席で「社内のみの完全に閉じられた作業なら、社員として当然、取材経過をきちんと話す。それは社員としては当たり前だ」と再三伝えているという。

私は、このことを知って心配になった。

一連の裏金報道の取材で私も取材班に協力をしたことがある。なかには、現職の警察官と係わりのある取材もあった。それが、社内のみとはいいながら、担当記者以外に知らされることもありうるとは思ってもいなかった。

私が、取材に応じたのは担当記者を信頼したからであって、北海道新聞の上層部を信頼したからではなかった。これでは、以後、北海道新聞の取材には協力はできない。

「130キロの話は本当だと思う」

12月20日、私のところへ北海道新聞の調査チームのH氏から「泳がせ捜査関連の問い合わせについて」と題するメールが来た。

当初、H氏からは会って話を聞きたいということだったが、口頭で話したことがどのように受け取れとられるか不安であったので断っていたのだ。

問い合わせの内容は、私の著書『警察内部告発者』の記述に関すること、稲葉元警部の上申書や文章を読んでどのように感じたか、聞かせて欲しいということだった。

私は、なんと意味のないことを聞いて来るものだとバカバカしかったが回答した。その内容を紹介する。( )内は筆者注

「私は、それまでの在職中の体験から、稲葉事件については、道警は稲葉個人の犯罪にして上層部の関与は絶対に明らかにしない、と確信していました。マスコミもその線で報道しましたね。検察の捜査もその線で終わるだろうと思いました。小樽事件(けん銃摘発事件の偽証事件)の対応や検察の冒頭陳述はその現れでした。警察も検察も組織防衛最優先の捜査に終始しました。だから、稲葉の証人になり,けん銃捜査の情報管理や捜査費の実態を事件の背景として証言しようと思ったのです。

稲葉は、最初は全て自分の腹に納めて終わりにしようと思っていました。2人(稲葉の上司と協力者)の死を知り考えが変わりました。自分の責任は認めるが、道警はその非を認めてやり直して欲しいと考えていました。道警はそれを無視しました。

130キロの話は本当だと思います。曾我部レポートにもありますし、稲葉にはこれを暴露して何の利益もありませんでした。それに、彼は公判でも肝心なとことはまだ隠しています。

その後、彼が私にこのことを話したときには、私はまだ本(「ホイッスルブロワ− 警察内部告発者」のこと)を書くことは決めていませんでした。無論私のほうから彼に聞いたわけでもありません。そして彼は、これが本に出るとは知りませんでした。彼は、私にでたらめを話す理由は何一つありません。

余計なことですが、道警と同じような対応をされることのないようにお祈りします。」

道新は道警になにを伝えたか

「おわび」記事と記者たちの処分の根拠になった北海道新聞の調査チームによる調査は、本当に必要であったのか、そして調査は適切だったのだろうか、大きな疑問が残る。

北海道新聞が十分な調査を行なわないままに「おわび」記事を掲載し、関係者を処分したのではないかとして、不満や疑問を持っている社員も多い。

北海道新聞は、調査結果を道警にどのように伝えたのか。真相はヤミのなかである。これまで取材に協力した人たちの立場はどうなるのか。私もその1人として不安を覚える。 本来は関係のない「北海道新聞の社員の不祥事、事後処理の不手際」が「道警の泳がせ捜査失敗疑惑記事の訂正要求」の取引材料に使われて、北海道新聞が「おわび」記事を書いたとするなら重大な問題である。 それを裏付けるように、2005年12月に入ってから、私のところに、「道警から北海道新聞に対して『(広告費問題で)特別背任で北海道新聞を強制捜査する』と伝えられた」という複数の情報があった。 しかし、その後そうした捜査が行なわれた様子もない。あれは、ガセネタだったのかと思っていたところ、最近になってこれを裏付ける資料を目にすることになった。

「広告横領事件関連取材メモ」が存在 

捜査情報の組織的意図的“漏えい”

 私が、目にしたのは「広告横領事件関連取材メモ」と題するA4版の2枚の文書である。

2005年11月17日と同18日、作成者は道警クラブ・Kとなっている。Kなる人物は、前出の佐藤一道警担当キャップの後任者である。

もう一人の登場人物は、岩田満・道警総務部参事官兼広報課長(2006年3月27日付け異動で交替)場所は、道警本部広報課長室、方法は面談、一対一、内容(完オフ)となっている。

その内容の一部を紹介する。

[17日付メモ]

岩田「お宅の広告局の問題で、(中略)事情を聴く可能性が出てきた。道警内外から『なぜ、あの案件を触らないのか』との声が出てきている。Hさんに内々に伝えてほしい」

(筆者注 H氏とは、前出のH氏と同じ人物でKの上司に当たる。その後、北海道新聞の調査チームの一員となり筆者に問い合わせのメールを送ってきた人物である。)

K「決定事項か」

岩田「いや、(中略)部長クラスで明日、会議を開いてお宅の案件についての対応を決める流れになっている」 

K「事情を聴く可能性は何%ぐらいある?」

岩田「全く読めない。当然,うちと道新の間にはこの問題以外の問題もあるから、政治的な判断もある」

K「事情を聴くとしたら?」

岩田「経営企画室がまず、最初になるだろう」

K「時期は?」

岩田「やるとしても週明け以降になる」

K「本格捜査に入る可能性もあるのか」

岩田「話を聴いてから出ないと、その辺は判断できないでしょ。ただ、捜査するとなると、関係先にガサを入れることになる。役員室だとかも当然対象になる。ところで弁済の方はどうなっている。

K「当人が今月初めに500万円を返したと聞いている」

岩田「後は退職金の問題か?そもそも特別背任や背任は立件が難しいと思うが、うちにはアンチ道新がたくさんいるから。その点がきれいになれば,うちが事件化しようにも手をつけられなくなるのだろうけどな」

揉み消し工作

この「取材メモ」を私なりに解釈してみた。

  道警の意向の伝達先は、編集局報道本部の責任者H氏、そのH氏は前任の経営企画室の責任者のときに広告問題の処理などに当たっていた。刑事事件となれば関係者の一人になることが予想さる人物だ。事件が背任ともなれば社長の刑事責任も問われかねない。

 私が得た情報によると、あわてた北海道新聞は役員会を開いて、既に支払った退職金2500万円を社長以下11人の役員が負担することを決めたという。これも、道警による事件化を避けるためではなかったか。

 北海道新聞が、いかに道警の捜査を恐れていたかを物語っている。

地方公務員法違反

[18日付メモ]

岩田「昨日の話、道新のしかるべく人に事情を聴くことが決まった」

K「時期は?そして、聴取先はどこになるか」

岩田「今日決ったところだから具体的には決っていない。時期は来週以降になる。で場所は未定」

K「会社に捜査員が来る?」

岩田「その辺は考える。近くのホテルを取るとか」

K「案件は?」

岩田「広告問題全般という感じかな」

このやり取りが事実だとすると、明らかに北海道新聞の東京支社元部長の業務上横領事件とその事後処理をめぐる特別背任などの事件に関して、道警の岩田広報課長が北海道新聞のサツ回りキャップのK記者を通じて、捜査に着手する意向を北海道新聞の上層部に伝えたことになる。

K記者が道警の真意を掴もうと必死で質問しているのがよく分かる。

私は、在職中に捜査二課長として、同様の知能犯事件を数多く捜査してきた。しかし、捜査対象の関係者に捜査方針をあらかじめ知らせたことはない。

そんなことをしたら、地方公務員法違反(守秘義務違反)に問われかねないし、相手方に証拠隠滅の機会を与えるなど捜査にも支障が生じる。

「公正で正確な報道を強く求める」

とくに、道警の裏金疑惑に関しての一連の報道をしている北海道新聞に対して、こうしたことを道警が行なったとなれば、捜査権の濫用との謗りを受けかねない。

ちょうど、このやり取りの時期の直前には、北海道新聞では調査チームによる「泳がせ捜査失敗疑惑記事」の調査が開始され、関係者からのヒヤリングが行われていた。

つまり、このやり取りは、本来は関係のない北海道新聞の「広告営業費問題をめぐる不祥事」と「泳がせ捜査失敗疑惑記事」が道警の手によって1つにされたことも示しているのだ。

そしてそれが、2006年1月14日の「おわび」記事につながったであろう事は想像に難くない。

ところで道警は、北海道新聞の広告費問題の捜査を開始したのだろうか。

北海道新聞社は捜索を受けたのか、関係者が逮捕されたのか、北海道新聞の関係者に聞いてもそんなことはなかったという。

これでは、北海道新聞と道警は取引したのではないかと指摘されても仕方がないのではないか。

本年3月24日、北海道新聞は「泳がせ捜査失敗疑惑記事」に関する道警の訂正・削除要求に対して「基本的には1月14日朝刊のおわび記事で説明した」、削除要求については「同社のデータベースで、記事の末尾に『注意事項』としておわびと調査報告の記事があることを明記している」と回答した。何のことはない恥の上塗りをしたのである。

これに対して、道警は3月28日「道民の不安を解消するものではなく納得できない。公正で正確な報道を強く求める」とする文書を北海道新聞に出した。道民の不安を解消云々は、明らかに問題をすりかえている。道民が不安を感じているのは、道警の裏金疑惑がヤミに葬られたことであって、「泳がせ捜査失敗疑惑」ではない。

道警OB、たったひとりの(?)奮闘

北海道新聞に対する攻撃は別のところからも始まった。2006年2月15日、突如、前述した元道警総務部長佐々木友善氏が、札幌市内で「泳がせ捜査失敗疑惑」記事に関して記者会見を開いて「1月18日に文書で北海道新聞に対して説明を要求したが、何の対応もない。今回の北海道新聞のおわびと社内調査報告自体がねつ造の疑いが極めて強い」と述べた。佐々木氏は記者の「法的措置は考えているのか」との質問に「(道警の裏金問題に関して)書籍が2冊発行されていて、その中に4箇所ほど私にかかわる存在しない事実について書かれている。道新の記者による記述だが、訴訟になるかどうか今は分からない」と答えた。

ところが、佐々木氏は2006年5月31日、一連の道警の裏金問題の取材や、記者の発言などを素材にした「追及・北海道警『裏金』疑惑」(講談社文庫)「警察幹部を逮捕せよ」(旬報社)に事実とは違う記述があり名誉を毀損されたとして、北海道新聞と講談社、旬報社と記者2人を相手取って札幌地裁に慰謝料や謝罪広告の掲載を求める訴えを起こした。この訴訟は佐々木氏によれば個人の立場で行うものだとしているが、原告訴訟代理人にはこれまで道警関係の訴訟でしばしば道警側の代理人を務めたことのある札幌市の齋藤祐三弁護士らが担当することになっている。

幹部の不祥事を隠蔽しようとしてジャーナリズムの根源的な使命である「権力の監視」を放棄した北海道新聞の上層部。道警の北海道新聞潰しはまだ続く。

ついでだが、北海道新聞の金にまつわる不祥事はこの後も続いた。2006年6月に函館支社の販売部次長(40歳)が販売経費1580万円、本社事業局員(33歳)がイベント売上金620万円、を着服したとして懲戒解雇になったのである。

道新は、報道の自由はだれのものか

今回の問題で取材班の記者たちは、じっと押し黙ったままで何も語ることはなかった。

会社側のやり方に正面からは抗議する社員はほとんどいない。陰で批判しているのがせいぜいである。北海道新聞には、もはやジャーナリズムは存在しないのか。

新聞社が単なる“株式会社”に過ぎないのなら、記者もただのサラリーマンになるのは当たり前で、何の不思議もない。彼らは、この問題で騒ぎたてても何の得にもならない、と判断しているのだろう。

警察組織とは違って新聞社は「言論の自由」を叫ぶ組織である。労働組合もある。社内からモット声が上るのではないかと思っていた。しかし、そんなこともなかった。

閉鎖的な体質、物言えぬ組織、北海道新聞と道警は本当によく似ている。

道民を欺き信頼を失った道警。そのずっと先には、現職時代に裏金システムを知りながらわが身可愛さに告発できなかった自分がいる。

北海道新聞も、今読者の信頼を失おうとしている。

だれがだれのために北海道新聞を守るのか。

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