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斎藤氏 愛媛県警国賠訴訟陳述書

最終更新時間:2006年09月19日 17時24分03秒

陳   述   書

平成18年8月11日

齋 藤 邦 雄  私は、昭和41年4月から平成13年3月までの35年間、北海道警察に勤務していた者ですが、在職中にいわゆる「警察裏金」の不正経理に関与したことがありますので、その体験などを次の通り申し述べます。

 1 北海道警察の裏金実態を知るに至った経緯

私は、昭和41年3月に北海道函館市内の高校を卒業し、翌4月に北海道巡査を拝命して1年間の学校教養を受けたのち、札幌市内の東警察署(現在の白石警察署)に配置となりました。

詳しくは、末尾に添付の「職務経歴書」記載の通りですが概略を記述します。まず北海道警察の場合、札幌・函館・旭川・釧路・北見の5方面にそれぞれ本部がありますが、一方面本部が一つの県警本部と理解して貰えれば良いと思います。

(1) 最初は外勤課外勤係(現在の地域係)として札幌東警察署の4か所の巡査派出所(現在の交番)勤務を経た後、昭和46年8月に防犯課少年係という係に配置となりました。

この少年係時代も偽領収書を書かされた記憶がなく、また裏金という空気を感じることもありませんでした。

(2) 昭和48年4月に巡査部長に昇任して北海道北見方面北見警察署に赴任して保安係主任として3年間勤務しました。北見警察署に着任するまで正直言って裏金の何たるか、偽領収書の何たるかは知りませんでした。

北見警察署に着任した月から毎月、防犯課長から現金3,000円入りの茶封筒を受け取るようになりました。

最初は『なに、これ?』という感覚でしたが防犯課の雰囲気としては『何か表面だって公言できない金』に思えましたし、防犯課長宛に3,000円を受領したという私自身の署名押印した領収書を返戻していました。

一時、課長と仕事のトラブルで受領を固辞したことがありましたがやはり受領することになり3年間、毎月3,000円を受け取っていました。

当時、北見警察署は防犯課長以下9名の体制でしたが、全員が受け取っていたものの毎月各人が受領する各金額は聞いたことはなく、その必要もありませんでした。

使い道は、自分の財布に入った金であり情報収集に出かけた際のコーヒー代や自分のタバコ代として費消しました。

当時の3,000円は、後述する平成13年度から運用された「捜査諸雑費」に似た性格の現金でしたが、「捜査諸雑費」のように使途を明らかにする領収書や報告書の全く必要ない性格のものでした。

(3) 昭和51年4月には、北海道警察北見方面本部防犯課勤務となり、1年間、風紀営業係主任(巡査部長)として勤務しています。

ここの所属では、偽領収書や偽支払精算書を書いた記憶が判然としません。ただ次席は、所属長の防犯課長にいいだけお金(裏金)を使われるので、いつも「金がない。金がない。」とぼやいていたのを覚えております。

そして12月のお歳暮時期になると方面本部管内の漁業協同組合から鮭の「ほっちゃれ」を大量に仕入れてくだんの防犯課長官舎で、粗塩を素手で鮭の腹に大量に押し込み箱詰め、梱包して郵送しました。

贈答先は、警察庁の防犯部門の幹部個々人です。

また、「ほっちゃれ」と言うのは、産卵のため河川に遡上した脂の落ちた活きの悪い鮭のことを言います。

合わせて年賀状書きをして生寿司をふんだんにご馳走になりました。

お歳暮商品・郵送代・生寿司全て裏金であったのは想像に難くありません。

とにかく金遣いの荒かった課長でしたから、裏金の原資になる偽領収書や偽支払精算書は書いただろう、と思いますが正しく思い出せません。北見警察署のように毎月のお小遣いを貰った記憶はありません。

(4) 昭和52年4月、警部補に昇任して札幌方面南警察署に転勤して防犯課保安係長として1年間、ほとんどが覚せい剤事件の捜査に明け暮れました。

ここの所属でも、北見警察署のような毎月のお小遣いを貰った記憶がありませんし、偽領収書や偽支払精算書を書いた記憶が判然としないのですが、多分作成していただろう、と思います。

(5) 昭和53年4月、函館方面本部防犯課に転勤となり、風紀営業兼麻薬覚せい剤係長(警部補)として勤務しました。ここの所属でも、北見警察署のような毎月のお小遣いを貰った記憶がありませんが、偽領収書や偽支払精算書は書いております。

というのも庶務係が、北海道か会計検査院の検査か記憶が定かでありませんが、とにかく夜遅くまで残って偽の会計書類の整理に汲々としていました。

(6) 昭和55年4月から58年5月までは、北海道警察学校の教官(警部補)として勤務しました。

初任教養部という警察官の卵を育成する部であり、愛媛県警に例えると愛媛県警察学校です。

北海道警察学校の場合、幹部教養部という部もあり、ここは他府県警で言うところの管区警察学校に相当します。

この初任教養部では、偽領収書を書かされた記憶がありません。

捜査費を執行できる部門ではないので、支払精算書を作成する必要もありませんでした。

ただ他の所属から偽領収書の作成を依頼されて教官達が作成してもおかしくないのですが、約3年間の在任中、偽領収書を一度も書いていません。

 2 裏金に関わる偽会計書類をマスターした北海道警察本部防犯課時代

昭和58年5月(この年の4月に選挙があり、5月異動となる)に北海道警察本部防犯部防犯課(現在の生活安全部生活安全企画課)に異動しました。

係名は、「防犯部参事官付(づき)」(警部補)というものでした。

当時参事官というのは、一つの部に1名しかおらず、いわゆる副防犯部長的な位置づけで、防犯部のナンバー2と理解して下さい。

私の仕事は、参事官の秘書的な仕事でしたが、庶務係長とは机を隣り合わせていましたので、庶務係長の仕事はほぼ理解できていました。

そしてこの庶務係長は、1年後の昭和59年4月に警部に昇任して転勤したため私が庶務係長(警部補)として勤務することになりました。

私が庶務係長をしたのは、昭和59年4月から昭和62年3月までの3年間のことです。

庶務係長の防犯課での主な業務は、課の庶務全般と防犯部長の秘書的な仕事のほかに陰の仕事として裏金に関する偽証拠書類作成も重要な業務の一つでした。

そして、ここの部署で、それまで知らなかった裏金作りのノウハウを全てマスターしたのです。

1年間、防犯部参事官付という職名で、裏金に関する書類の流れを隣の席から見ておりましたので、聞かなくてもほとんど理解していました。

細部で不明の点が生じた場合は、防犯部経理主幹や庶務係主任に指導・教示を受けておりました。

裏金の原資の一部である捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)の証拠書類は、3年間分「情報提供協力者の住所・氏名、交付年月日・交付金額、執行捜査員」は、前任の庶務係長のやり方を真似て全て自分の創作でした。

裏金の原資の一部と申し上げたのは、旅費や需用費、消耗品に至るまで多くの科目から裏金を捻出していたのは紛れもない事実であり、捻出担当者は分業化されていました。

従って、北海道警察が抗弁して来た「捜査協力者」は個々人の捜査員は持っていても、組織として運用し正規に情報提供謝礼を支払った「捜査協力者」は存在しませんでした。

つまり、この者達に支払った情報提供謝礼は一件もない、と言うことです。経験上からして、北海道警察のどこの所属においても正規に情報提供謝礼を支払ったケースはない、と断言できます。

そして、百歩譲って仮に正規支払いが存在して虚偽の書類中に混在していたならば、証拠書類の作成現場は大混乱となり、受監時には多くのミスを露呈したと思われます。

また北海道警察本部防犯部防犯課では、所属長の防犯課長(当時は、防衛庁や厚生省からの出向キャリア)や防犯部管理官(次席)が交代して新しく着任する際は、3本の同一印鑑を発注して裏金から支払い、1本は所属長や次席が本来の各種決裁用に使用しました。

残る2本を庶務係が保管管理して、裏金に関係ある会計書類に勝手に押印使用して、あたかも所属長等が決裁したかのように取り繕っていました。

印鑑の説明をしましたので、ここで朱肉についても申し上げます。

朱肉は、所属長用・次席用・自分用と固定しており、捜査員用は適宜使用することにして、3〜4個用意しました。

毎月捏造する証拠書類に押印する所属長や次席の印影が、書類偽造の都度違って濃淡が出れば監査時に疑われる虞があるから固定としましたが、この小技も会計部門の指導です。

そして、会計書類に係が勝手に押印して書類の体裁を整えるのですから、不勉強の所属長は本番の監査時には、相手方(特に会計検査院職員)に上手く説明ができません。

裏金捻出のため私が作成した支出伺や支払精算書なども私自身、押印必要箇所は知っていてもその押印する順序すらも熟知していませんでした。

このように偽造という不正の認識を持ちながら続けた理由は、北海道警察の組織の一員として、また組織の一個の歯車として組織ぐるみの不正に黙って加担し従わざるを得なかったのです。

そしてまた気づいたときには、家族のことを考えれば、抜き差しならない立場にありましたし、防犯課庶務係長ポストは警部昇任への最短距離にあり、また、しなければならないポストだったのです。

一方、組織に従順である者そして仕事ができる者との評価が、勤務評定に連動して警察官の階級昇任に多大な影響があることも承知していました。以下、私が実際に携わった不正書類の具体的な作成手口の状況を申し述べます。

(1)  動態表

ア 当時、防犯課の庶務係は私以下5名(警部補の私、一般職(主任)3名、非常勤1名)であり、さらに防犯部経理主幹【防犯課・少年課・保安課(後に「銃器対策課」と「薬物対策課」に分かれる)・生活課の4課の予算等を担当するほか、防犯部各課庶務係が行う裏金捻出偽造書類の指導も行う】が机を並べていました。

イ そして裏金作りのベースとなる動態表は、一般職の女性主任が毎月分を早め早めに作成していました。

この動態表は、防犯課長以下課員全員の毎月の動きを正確に記載するもので、裏金作りの根幹をなすものです。

例えば正規の会議出張や課員の当直、学校入校等、動かしがたい事実をはじめに記入して行きます。

ウ 続いて、彼女が「カラ出張」を動態表の中に適宜埋めて行くのですが、カラ出張の関係書類捏造は、彼女が全てを担当していました。

エ また私が証拠書類全てを作成した後に、ある課員が年次休暇を取得しているのに支払精算書等が作成されており、その支払精算書の日付の改ざんが無理であれば、平然と正規に取得した年次休暇届を破棄していました。

動態表が私に渡された後に年次休暇が提出されて、連絡の不徹底から私の把握漏れが生じ、偽造書類改ざんができないため没にした年次休暇届は数多くありました。

(2) 嘘の「支払精算書」「領収書」

ア 前記ウまでの作業を終えた動態表コピーを自分が受け取り空白箇所に、架空の執行を書き込み、その後に防犯課員が情報提供謝礼を支払ったように嘘の支払精算書や領収書を書いて貰うべくその下書きを作成します。

イ 支払精算書の書類は、防犯課の警部補以下の捜査従事者に、領収書は支払精算書を書かない他の防犯課員にそれぞれ作成して貰います。捜査に携わらない警部・警部補・巡査部長・一般職員にも偽領収書を作成して貰うのは当たり前という慣習でした。

いずれにしても支払精算書と領収書の作成者を別々にするのは、監査時に筆跡で不正が発覚するのを防ぐためです。

そしてまた、これらの不正書類を勤務中に作成して貰うのですから、いつ部外者が事務室に来訪するか分かりません。

当然、作成依頼には細心の注意を払い茶封筒に鉛筆や赤ボールペンで下書きしたものと未記入の用紙を渡して作成して貰いましたが、部外者の中でも出入りの多かった新聞記者の動きには一番気を配ったものです。

ウ 毎月配分される捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)は、カラ出張経費と合わせて全て防犯部管理官(階級は警視。防犯課の次席であり、かつ防犯部各課の次席を取り仕切る者)が自分の机中の小型金庫で管理していました。

いわゆる「裏金」です。

裏金という認識ですが、防犯部管理官が保管する手提げ金庫(防犯部管理官によっては、封筒を使用していた者もいた)に入・出金する現金は、防犯課員全員が裏金と知悉していました。

防犯部各課の幹部(次席以上の警視)によるゴルフコンペや懇親会があった週明けの月曜日・火曜日あたりには、決まって各課の次席がコンペにかかった経費や飲み代の分担金を防犯部管理官の元に茶封筒に現金を入れて届けておりました。

この現金は、裏金から捻出されたものです。

私も週末のゴルフコンペでは、防犯部長を自宅からゴルフ場にマイカーで送迎する仕事があり、防犯部管理官の保管する手提げ金庫の中からガソリン代名目で現金を貰ったこともありました。

私は専ら偽の「支出伺」「支払精算書」「領収書」等を作成していましたが、防犯課員の中で防犯部管理官から正規の情報提供謝礼金を受け取り、現金の交付結果報告を行った者は一人もおりませんでした。

また防犯部経理主幹からは、幹部の飲み食いした領収書や白紙の領収書を大量に渡されて利用するように指示されていましたが、幹部の飲み食いした領収書は日付も記入されておりました。

したがってこの日付にあわせて偽書類を作るのは、動態表との兼ね合いや架空接触費としての金額が大きすぎる等の理由からほとんど無視して利用しませんでした。

一方、白紙の領収書は、日付も記載されていませんでしたから、適当に日付を書き込むなどして利用しました。

エ 自分は、庶務係主任(女性)から毎月の捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)の配分額を教示されるのみで、この金額にほぼ一致するように架空の書類作成に従事しました。

年度末の国や北海道への返戻額は、極めて少額(200〜300円程度と記憶している。)にするよう恣意的に行いました。

この時、管理官の金庫から国庫や北海道に返納する現金を数百円戻して貰います。

なお支払ったように装う書類の金額も基準があるわけではなく、私が適当に決めて作成していました。

オ 証拠書類のチェックと修正

情報提供謝礼の領収書は、必ず一件の支払精算書に1枚が添付されていましたが、偽領収書にあらかじめ押印して作成依頼したため、押印した印影の上に署名される場合がありました。

すると本番の監査をすり抜けるために北海道警察本部総務部会計課が行う事前監査では、

・ 不自然なその領収書(日本人は署名後、押印が一般的なため)・ 日付や金額、氏名の間違い領収書

を指摘されて新たに作り直すことになります。

これら証拠書類(捜査費支出伺、報償費支出伺、支払精算書、領収書、各月の総括表)は、国費と道費に分けて単月毎にホチッキスで止め、更に背表紙で糊づけをしてあたかも真正な書類綴りの体裁を整えます。

ところが、糊づけをした後にミスが判明すれば背表紙を破り新たに改ざんした書類と入れ替えるなど二重三重の手間暇をかけたものです。

特に現金出納簿の記入ミスで微修正ができなければ1年間分の出納簿全てを書き直すなど修正のための労力は莫大なものでした。

(3) 架空の捜査協力者

ア はじめに苦労するのは、架空の捜査協力者の住所・氏名をどうするかです。

イ 氏名は防犯課に保管していた数百本の印鑑(現在もあると推察します。過去に勤務した課員や何らかの形で集まった所有者不明の印鑑)から勝手に決めます。

ただし、ここで注意しなければならないのは、連続して同一印鑑を使用してはならないということです。

当然、何年何月に使用したかを明記して別封筒に分けて保管したのは言うまでもありません。

姓は保管していた印鑑を使えば良いのでさほど苦労しませんでしたが名では苦労しましたし、どうしても似通った名になったのを今でも覚えています。

ウ 住所は、次の方法で勝手に創作しました。

(ア) 札幌市内 

札幌勤務が長かったので土地鑑もあり、適当に作成していましたが、そのうち北海道警察本部会計課の指導で電話帳の活用を始めました。

(イ) 北海道内、本州コピーされた電話帳(北海道内では、網走や北見地方のものがあったのを覚えています。)と「全国の警察署位置所在地・管轄区域」を記載した本(全国の都道府県警察本部にある)を多用しました。

特にこの本に記載されている警察署管轄区域欄には、全国の警察署が管轄する住所が克明に掲載されており、活用の頻度は高く重宝しましたし、当然、前述のカラ出張や正規の捜査出張に連動した嘘の「支払精算書」「領収書」を作成しました。

本州では、東京・大阪などやその周辺の住所を適当に使用しました。

(ウ) 捜査員が事件捜査で正規に地方(道内外)出張しても、正規に情報提供謝礼を支払ったものは、一件も存在しません。

逆に正規出張事実を知った自分は、それに合わせて架空の情報提供謝礼を交付したように書類を捏造しました。

(4) 組織ぐるみ

防犯部全ての課(防犯課、少年課、保安課、生活課)が同様のことを行っていましたし、捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)の予算執行できる北海道警察の全ての所属が同様のことを行っていました。

詳細は後述しますが、旭川中央警察署の不正が発覚した平成15年11月まで北海道警察全体で同じことが続いていたことは間違いありません。

 3 警部に昇任して管理職になる前の関与

(1) 北海道釧路方面釧路警察署防犯課長(警部)

昭和62年4月に警部に昇任して釧路警察署防犯課長として平成元年3月まで勤務しております。

ここの警察署では、毎月初めに副署長が私に茶封筒入り現金(5〜7万円)を手渡してくれました。

この現金は、防犯課の運営費名目の裏金です。

使途は、毎月、刑事防犯担当次長(副署長の次のポスト)に2万円上納(刑事一課と刑事二課も同次長の指揮下にあったので、毎月、この次長のポケットマネーは最低でも6万円が入っていたと推測)したほか、3係長(防犯・少年・保安)に1万円前後を交付していました。

少ない運営費の中から次長に支出する金額が多過ぎるため、ある時期から毎月1万円に減額して貰いました。

やり繰りの中でその他の主な使途は、防犯課員との飲み会での費用、帰宅時のハイヤー代(当時は、前任の防犯課長からの引き継ぎでハイヤーチケットが残存していたが、私の時にハイヤー協会と掛け合い解約した)等に充当しました。

なお毎月の使途は、市販の金銭出納帳に明記して副署長の決裁を受けていました。

3人の係長へ渡した金の使途は詮索していませんし、その必要もありませんでしたが、私自身が偽領収書や支払精算書を書いたことはありません。

会計課員が、防犯課員にこれらの書類を作成依頼していた情景は思い出せませんが、実務的には、捜査に携わる防犯課員が支払精算書を作成しないということは、絶対にあり得ません。

話題は変わりますが、釧路警察署防犯課長時代の昭和62年10月に警部研修として警察大学校に6か月間入校しました。

北海道からは、総勢32名(北海道出身の法務省入国管理局幹部を含む)で警視庁大阪府警に次ぐ大量入校でした。

同室者は、北海道警部の私の他に警察庁警部、警視庁警部、和歌山県警警部、岐阜県警警部補の4名でした。

日懇と称して隣室者6名(警視庁警部、千葉県警部、愛媛県警部、愛知県警部、静岡県警部、北海道警部)との11名の学生更には教授を含めた12名によるアフターファイブの懇談は、それなりに有益なこともありました。

岐阜県が警部補なのは、県警によって警部に昇任させて入校させるか、警部補のまま入校させるかは、県警の実情によるものです。

ここで一つ申し上げたいことは、岐阜県警の警部補が10万円の餞別を貰って来たと言うことです。

私も釧路警察署から入校しましたが署長(私の仲人)からの「激励」名目でいただいたお金は3万円でしたし、それに見合った土産は持ち帰りました。

岐阜県警の警部補から「警察大学校に入校したお土産に北海道の木彫りの熊を考えているが、齋藤さん、何とかならんかね。」との相談を受けたのですが北海道の同期生に相談したところ「OK.邦さん任しておきな!」ということで超破格の激安価格で「激励」のお返しを準備手配してあげました。

通常の感覚で考えた場合、一警察署長がたかが警部補に10万円の餞別的金銭を拠出できるでしょうか。

私は、裏金からだと敏感に感じ取りましたが、そんなことを言える雰囲気ではなく、今日、全国の裏金問題が発覚した情勢だからこそ口外出来る事例であります。

(2) 北海道札幌方面西警察署防犯課長(警部)

平成元年4月から平成4年2月まで勤務しております。

ここの警察署では、釧路警察署と同様に毎月初めに副署長が私に茶封筒入り現金(5〜7万円)を手渡してくれました。

この現金も、同じく防犯課の運営費名目の裏金です。

使途は、毎月、防犯少年・保安係長に1万円前後を交付していました。

この警察署では、刑事防犯担当次長に上納するシステムはなく、要求もありませんでした。

その他の主な使途は、防犯課員との飲み会費用に充当しましたが、帰宅時のハイヤーチケットはなく課員へのハイヤー代補助をすることもありませんでした。金銭出納帳に明記しての副署長への報告・決裁は釧路警察署時代と同様に行っていたほか、2人の係長へ渡した金の使途は詮索していませんし、その必要もなかったのは、釧路警察署時代と同じです。

私自身が偽領収書や支払精算書を書いたことはありません。

会計課員が、防犯課員にこれらの書類を作成依頼していた情景は思い出せません。

実務的には、捜査に携わる防犯課員が支払精算書を作成しないということは、釧路警察署時代と同様に絶対にあり得ません。

西警察署での裏金使途で印象にあるのは、

ア 防犯少年係長と少年係主任が管内の中学校長との懇親会にビール券10枚と謝礼として1万円(裏金)を携行させたところ翌日校長がビール券10枚だけ返戻に来たこと(係長らは、1万円を相手に渡さず山分けしたということ)

イ 警察庁長官賞受賞につながる悪質重要福祉犯罪の被疑者を横須賀市内で逮捕し神奈川県警の警察官による押送を受けた時、札幌市内の薄野で運営費(裏金)を3万円ほど使い接待したこと

などです。

裏金は、誰にも咎められない警察組織にとっては実に美味しい金なのです。

(3) 北海道警察防犯部生活経済課課長補佐(特捜補佐、企画指導補佐で警部)

平成4年2月から平成6年3月まで勤務しております。

ここから私は管理職手当の支給を受けて管理職になっています。

したがって時間外勤務手当は支給されなくなりました。

ここの所属では、毎月初めに次席から茶封筒入り現金(2万円)を手渡しで受領していました。

この現金は、係の運営費名目の裏金です。

特捜班は2班あり、私の特捜班は私以下5名体制でした。

使途は、毎月、この5名での飲み会に使用していました。

帰宅時のハイヤー代に充当できるほどの金ではありませんでした。金銭出納帳に明記して次席に報告したりする必要もありませんでした。1年後に企画指導補佐に配置換えとなりましたが、同様の運営費を貰っていました。

ここの所属で新課長が着任することになり、特捜2係の私以下5名が引っ越し荷物受け入れ手伝いに行ったことがあります。

全員が年次休暇届を作成提出(引っ越しが終われば廃棄処分)して、次席から現金1万円を「昼飯代」名目で受け取って出掛けました。

その後、引っ越しを終えて私以下5名は、ファミリーレストランで全額を昼食代として費消し、所属に戻った途端、次席から「補佐。お釣りは?」と訪ねられて「全部使いましたよ。」と答えた時、次席は呆れ返って言葉も出ない表情を見せました。

この次席は現在、北海道内の某警察署長として活躍しておりますが、次席にすれば700円程度の弁当×5人と計算していたのでしょうが課長の引っ越し手伝いにまで裏金を充当していたのですから、現場の捜査員のいい加減さも手伝ってでたらめそのものでした。

この所属では、私自身が偽領収書や支払精算書を書いたことはありません。

庶務係は、しきりに私の部下のところに偽領収書や支払精算書の作成依頼で来ていましたが、私は見て見ぬふりを決め込んでいました。

なお私が生活経済課企画指導補佐当時、原田宏二氏(以下、原田氏という)は、北海道警察本部の防犯部長でした。

(4) 北海道警察学校幹部教養部教官(警部)

平成6年4月から平成9年3月まで勤務しておりますが、毎月の運営費名目の受領もなく、偽領収書や支払精算書を書いたことはありません。

ただ不思議なことに、警部補・巡査部長の学生が卒業間際に一泊二日の研修旅行を行うのですが、2万円前後の経費(バス代、宿泊代)が全て学校会計課から現金支給され、私が代理受領していました。

なお宴会のコンパニオン代など、プラーベート部分のみ学生負担でした。

 4 旭川方面本部地域課次席(警部)

平成9年4月から平成12年3月30日までの3年間は北海道警察旭川方面本部地域課次席(通信指令室長兼務)として勤務しました。

主な業務は、課長以下40名の課全般の業務掌握や人事管理でした。

体制は、課長・指導官・次席

庶務係    2名

企画・指導係 警部の補佐1名以下 5名

指令係    警部の補佐3名以下12名(三交替制)

自動車警ら係 指令室の警部の指揮下に入り警部補・巡査部長・巡査18名(3交替制)

であり、緊急配備個所の見直しや無線機の修理、補充、回収は指令係の警部以下で対応すれば事足りる体制でした。

このことを愛媛県警に当てはめて考察した場合、企画係を新設してまで仙波敏郎を配転する業務の必要性が私には理解できません。

ところで旭川方面本部地域課では、捜査費や捜査用報償費の予算がないため、裏金の原資をカラ出張に求めていました。

北海道庁のカラ出張問題のほとぼりが冷めやらない時期と記憶しており、部下から「次席、ヤバイんじゃないですか?」と警告されましたが、敢えてカラ出張の書類を作成させました。

3回くらい、1回12,000円くらいと記憶していますが、回数はもっと多かったかも知れません。

そのほか裏金の原資は、ピンハネした地域課員のパトロールの日額旅費でした。

旭川方面本部地域課では、直轄パトカーを3台(三交替制で18名の警察官)運行していました。

北海道警察の場合、札幌・函館・旭川・釧路・北見の5方面に本部があることは先に述べましたが、それぞれの本部で110番通報受理・指令等の業務を行っています。

しかし、本部が直轄パトカーを運行していたのは、札幌・函館・旭川の3方面本部です。

そしてこのピンハネが、いつの頃から行われていたかは知る由もありませんでしたが、毎日管内のパトロール勤務に従事するパトカー勤務員の日額旅費を組織ぐるみでピンハネしておりました。

当時この日額旅費は、手払いであったため庶務係長が毎月10日ころに茶封筒に入れて5〜6万円を私に手渡してくれました。

更に平成10年3月に新しい地域課長が着任した際「次席、もうカラ出張は止めれ!」と警告されカラ出張は中止したものの日額旅費のピンハネだけは札幌と函館方面に波及する問題でもあり、いきなり止めることはできませんでした。

なお裏金の主な使途は、地域課長(警視)・指導官(警視)・次席(警部)の毎月の小遣いに分配したほか、北海道警察本部から来旭する地域部の幹部の飲食接待や新聞代、パトカーの人身交通事故で相手方へ謝罪時携行の菓子折代等に費消しました。

説明は前後しますが、北海道警察旭川方面本部地域課次席に着任早々、地域課長室に呼ばれて裏金の配分指示を受けたことがあります。

課長室といってもパーテーション1枚で間仕切りをしたオープンスペースのものでした。

課長はパーテーションの陰から顔を出して小声で「次席」と呼びました。

課長の前に行くと更なる小声で「その内に庶務係長から封筒入りの現金が来る。それでなぁ、俺に4,指導官に3,次席はウーン、次席も3でいいか。」と勤務中に部下に聞かれないように注意して、ピンハネやカラ出張の旅費を裏金化した金の配分についての指示を受けました。

勤務中にこんなことまで平然とやっていたのです。

ウーン、次席も3でいいか、と言ったのは明らかに階級で分配金に差を付けたかった課長の意図は理解できます。

そして4とは4万円、3とは3万円を意味しました。

地域課長と指導官は北海道警視、私は警部でしたから差を付ける気持ちが当然働いたのでしょうが、次席である私の機嫌取りの必要もあって指導官と同じ金額を指示したのだと思っております。

私もこの時点で裏金を受け取る立場となり、言い知れぬ自己嫌悪に陥りましたが、2回ほど受領してから自分はこの金の受領を止め、地域課の運営費に充当しました。

このような実態ですから旅費を裏金にするのは、至極簡単なことです。

上司が、部下に指示すれば自動的に偽の「旅行伺」「旅行命令簿」が出来上がります。

北海道警察旭川方面本部地域課次席当時は、これらの旅費は、既に個人の預金通帳に自動振り込みされるシステムになっていたと記憶していますが、なぜか方面本部会計課から庶務係長が現金で受領しておりました。

 5 弟子屈(てしかが)警察署次長(警部)

平成12年3月31日から平成13年3月30日までの1年間は弟子屈警察署次長(署長の次のポスト)兼警務課長として勤務し平成13年3月30日に勧奨退職しました。

主な業務は、署長の補佐と警察署全般の業務・人事管理でしたが、同時に裏金の金庫番でもありました。

ここの部署では、北海道警察本部防犯部防犯課で裏金作りのノウハウを全てマスターしていたため、難なく処理できましたし、また裏金の原資である捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)の証拠書類は、1年間分、全て自分の創作でした。北海道警察本部防犯部防犯課時代と同様、「捜査協力者」に支払った正規の情報提供謝礼は一件もありません。

また私が弟子屈警察署に赴任する際は「齋藤」の同一印鑑を自前で3本用意して着任し1本は決裁用として使用、残る2本は会計係に預けています。

これは各種会計書類に会計係が所属長や次長の印鑑を勝手に押印使用するためであり、長年、北海道警察組織の慣習になっておりました。

弟子屈警察署に在職中、署長の交代がありましたが、裏金から署長の印鑑3本を購入準備する経済的ゆとりがなく、新しく着任する署長には自分で印鑑3本を用意して貰い、着任後2本は私が受け取り会計係に渡しております。

(1)  動態表

ア 弟子屈警察署では、会計係が3名おりました。

イ そして動態表は、一般職の男性係が毎月分を作成していたのです。この動態表は、署長以下全署員の毎月の動きを正確に記載していましたが、内容は、北海道警察防犯課時代と同様であり説明を省略します。

ウ なお「カラ出張」は弟子屈警察署時代、1件も部下に作成させませんでした。

と言うのも裏金の多くを署長(私より警察官拝命が3年後輩で、振り出しの札幌市内警察署で一緒に勤務した者)に持って行かれる馬鹿らしさで一杯になり、カラ出張を部下に作らせて更に裏金を捻出する気力は沸きませんでした。

ただ、最近の北海道警察のホームページに北海道警察の本部、各警察署別・年度別の「旅費、食糧費、交際費、報償費それぞれの執行状況」が開示されていました。

ところが会計年度変わりの時期でもないのに平成12年度分はホームページから削除されています。

旅費に限って申し上げますと削除前に確認したデーターによれば12年度の弟子屈警察署での旅費執行額が7,846,259円(署長以下33名ですから一人平均237,765円使った計算になる)と警察署規模の実態を超えた驚くべき執行金額です。

785万円という旅費の金額は、33人の署員規模警察署では使いこなすことのできる金額ではありません。

そこに、釧路方面本部会計課関与によるピンハネ疑惑が大きく膨らんでおります。

私は弟子屈警察署当時「カラ出張」の関係書類を1件も部下に作成させていないことは先ほども申し上げましたが、会計係長は、正規旅費の執行手続きをして次長、署長の元に会計書類を持参して決裁を受けていました。 しかし署長と私の印鑑は、会計係長に預けっ放しのもありました。

正規に決裁しても「はい。うん。」と頷いて1件ずつ誰の旅行かを確認していただけです。

決裁後は、会計係が書類を関係簿冊に編さんしておりましたが、私自身、事後の確認もしていません。

ですから、その編さん書類の正規書類の中に不正を潜り込ませる手口を使われたら、私は皆目分からないその程度の会計事務しか知らないレベルでした。

したがって署長も金庫番である次長の私も知らないところで、本部会計課と署の会計係との間で極秘の裏金づくりが行われていたのではないか、と強く推認しております。

余りにも金額が多く、釧路方面本部会計課にピンハネされていたとしか思えませんし、北海道警察全体で68の警察署があります。

400人規模の警察署もあれば30人足らずの警察署もあります。

そのほかに、これらの予算を執行できる北海道警察本部や方面本部の各課にもあります。

これらの所属が、それぞれの本部に匙加減一つでピンハネをされていたとすれば莫大な金額になると思うのです。

(2) 偽の「支払精算書」「領収書」

ア 前記イまでの作業を終えた動態表コピーを会計係から自分が受け取り空白箇所に、署員のうち刑事係・生活安全係・交通係・警備係員が情報提供謝礼を支払ったように嘘の支払精算書の下書きを渡して作成させます。

イ 支払精算書の書類は、警部補以下の捜査従事者に、偽領収書は支払精算書を書かない課長や署員に作成して貰います。

小規模警察署のため領収書作成者にも限界があり、会計係長を介して他所属に依頼させたこともあります。

後日知ったことですがその所属は、北海道釧路方面本別(ほんべつ)警察署でした。

当然ギブアンドテイクで後刻、本別警察署からも同様の依頼が会計係長にあり、勤務の合間を縫って自署員に偽領収書の作成を依頼したと聞知していますが、その時点では私への報告もなくまたその必要もない警察組織としては、口外のできない恥部の仕事でした。

ウ 毎月配分される捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)は、全て私が自分の机中に封筒に入れて管理していました。

小型金庫もありましたが、一度も利用はしませんでした。

エ 北海道警察本部防犯部防犯課時代と違い、次長の立場で現金の管理も行っていたところからその使途は別紙「裏金メモ」で明らかにします。

「裏金メモ」に捜査費及び報償費とあるのは、本来は正規に情報提供謝礼として執行するものですが、そのような扱いは一切せず、私の手元に入金したならば即裏金に回しておりました。

あとは、毎月の執行金額の帳尻をあわせて、あたかも情報提供謝礼を支払ったように会計監査書類の体裁を整えていました。

また前任の次長が溜め込んで私に引き継がれた裏金は、104,340円あり、更に同人からの申し送り事項で、平成12年7月まで在任していた弟子屈警察署長には毎月、お小遣いを4万円渡すことと署長が釧路や札幌に出張する際は、毎月のお小遣いとは別に2万円渡す取り決めになっておりました。ですから私の手元にあった捜査費及び報償費の数万円は、月初め1週間もしないうちに小銭しか残らない状態が続き、不足が生じれば私のポケットマネーから立て替えをする有様でした。  なお32,3人の小規模警察署である弟子屈警察署への捜査費・報償費配分は、北海道警察釧路方面本部から一方的に交付されるもので、年度によって若干の増減はありますが両方合わせて100万円前後であり、これが全て裏金化されておりました。

なお私が退職時に署長に渡してきた現金(裏金の残金)61,687円は、後任次長が着任後、警務・会計係とともに宴会を催して全て費消したと聞知しています。

オ 作為的に減少できる領収書北海道警察本部防犯部防犯課時代、情報提供謝礼の領収書は、必ず一件の支払精算書に1枚添付することになっていました。

ところが、弟子屈警察署に着任して証拠書類を確認したところ、

・ 協力者が後難を恐れて領収書の提出を拒否

・ 名前の出るのをイヤがり領収書の提出を拒否

等、偽領収書問題が外部に漏れるのを防止するための対策が取られていました。要するに偽領収書は、従前は1件の支払精算書に必ず1枚の(偽)領収書が必要でしたが、領収書を極力少なくて済む方策が取られており、北海道警察本部主導の恣意的な領収書減少対策を知ることになりました。

恣意的と申し上げたのは、北海道警察本部作成の別紙「所属長等研修資料(捜査費、報償費)の改正部分」にも、その理由記載例が示されているからです。

カ 設定書の存在

加えて、平成8年度から11年度までの「設定書」なる書類があり、内容を精査すると、監査をすり抜けるため関連簿冊をチェックする際に威力を発揮するものが新設されていることも知ることになりました。

設定書で関係書類をチェックしたら絶対にボロは出さない、と妙に感心したものです。

とりわけこの設定書には、署員の誰が国費の警備関係固定協力者(架空)に成りすまして偽領収書を作成するかまで克明に記録化されていました。

私は、この残されていた手書きの設定書をベースにして、弟子屈警察署勤務当時、仕事の合間を見てワープロにて作成していたのです。この設定書は別紙の通りですが、平成12年度分は私が作成した設定書です。

平成12年度分は途中で作成が中断していますが、その理由は、このようなことに労力を使うことに疑問を感じて「後任者が監査時に汗を流して作ったら・・・。」的な気持ちとなり中途で止めたからです。

なお、平成10年度分は、国費と道費の分が2件ずつ私物のフロッピーに文書登録されており、平成11年度分は複写ミスで存在しません。

このような設定書の存在を北海道警察本部が、知っていたことは、別紙「国費会計事務に係る実地監査の実施について(通知)」の警察署提出書類一覧の末尾に「捜査費、捜査用報償費設定書」と明記されていることから明らかです。

(3) 架空の捜査協力者

ア 弟子屈警察署では、電話帳をベースに活用しました。

イ 印鑑は、北海道警察本部防犯部防犯課当時と同様に数百本が保管されていたので、勝手に活用しました。

ウ 住所は、(ア)弟子屈警察署管内 (イ)釧路市内 を創作し、番地はそのままあるいは若干変えて作成、氏名は「姓」はそのまま、「名」はそのままもあるし若干変えて作成したものもあります。 以上、縷々申し上げましたがこのような不正は私が勤務した「北海道警察本部防犯部防犯課、北海道警察旭川方面本部地域課、北海道釧路方面弟子屈警察署」の数部署の不正ではなく、北海道警察の全組織ぐるみで長年にわたり綿々と続けてきた忌まわしい不正であります。

なぜ北海道警察のこのような忌まわしい不正を告発したかについても、言及致します。

一口で申し上げれば「北海道警察という組織を裏切っても、原田氏を裏切れなかった。自分の資料を出さずに口をつぐみ原田氏が立ち上がったことに背を向ければ自分は一生後悔する」と判断したからです。

自分は、平成13年3月に北海道警察を退職しました。

53歳の時ですが、北海道警察の場合、警視に昇任して7年目が小規模警察署の署長になるケースが一般的でした。

馬鹿な裏金関係書類の作成に精を出して、残る7年間、警察組織に飼い殺しの状態で自分を偽り生きるか、人間もっと正直に生きるべきか、考え悩みました。幸い愚息達も独立した頃であり、生活に困らない程度の収入で良く、また59歳から年金が出るシステムがあったため後者の早期退職の道を選びました。

しかし、退職直後、第二の人生の仕事で大きくつまずきましたが、その時親身になって私達夫婦の行く末を案じてくれたのは、他ならぬ原田氏でした。

私と家内は、自転車という共通のスポーツを通じて原田氏と10年間お付き合いさせていただき、更に人生のつまずきの苦境にあっても、親身になって私達のことを見守ってくれたのです。

ところが、平成16年2月10日に原田氏は、北海道警察の長年の忌まわしい裏金不正を実名告発しました。

表現を変えれば「現代版のパンドラの箱」です。

この時私は札幌市内の民間企業に就職していましたが、一人孤軍奮闘している姿に心を打たれ『今の安定した生活で良いのか、原田氏をバックアップすべきでないのか』と自問自答し悩み続けました。

導き出した結論は「立ち上がった行為を無駄にしてはならない。」ということで、遂に私も原田氏に続いて行動を起こしたのです。

事前に原田氏と相談して示し合わせての行動ではありません。

しかし、北海道警察がいち早い捜査で私の所在を突き止め、接触を求めてきた時点で私は完全に逃げ場を失いました。

ここでようやく原田氏と連絡を取り、札幌の市川守弘弁護士の元に駆け込み、北海道警察官時代の自らが関与した裏金不正の全てを説明したのです。

冒頭にも申し上げましたが、不正という認識を持ちつつ巨大な組織の中で1個の歯車として関与してきた自分は、当時、人間としての良心のかけらも忘れ去り完全に正義感を麻痺させていたことは否定できない事実です。

原田氏や私の不正告発の結果、北海道警察ではそれまでの抗弁を徐々に後退させ、遂に平成10年度から15年度までの6年間での不正予算執行に関して「不適正な執行事実」があったと言葉をすり替えて裏金問題を認めました。

道警裏金問題で、北海道警察は平成17年11月22日、会計検査院から同月上旬、指摘された国への返還額の不足分471万円に法定利息(年5%)分を加えた5,998.665円を国庫に返還しました。

これにより、道警は、一連の裏金問題にかかわる国費、道費の不適正支出の返還が終了したとして、返還総額は962,729,116円となりました。

返還額の内訳は、国費が捜査費で、656,814,724円(うち利子を除いた不適正支出額517,065,046円)です。

道費が捜査用報償費や旅費、食糧費、交際費で、305,914,392円(同240,564,574円)です。

そして国費、道費の返還には、北海道警の現職幹部やOB約2,000人から集めた拠出金などが充てられということです。

主な経過は、北海道監査委員の特別監査結果などを受けた平成16年12月、道費256,089,857円(利子含む)を北海道に、平成17年2月に国費650,816,059円(利子を含む)を国庫にそれぞれ返還しました。北海道監査委員の確認監査結果を受けた平成17年6月にも、道費の追加返還として49,688,392円(利子を含む)を北海道に返還しました。

しかし私の経験則からすれば、この6年間で捜査費(国費)と捜査用報償費(道費)の裏金化は執行額全てであり2,305,795,346円と推計されます。

詳細は、別紙「道警の返還額推計について」の通りです。

なお旅費・交際費・食糧費については、その不正事務に直接携わっていませんので判然としないことを申し添えますが、これらも裏金化されていたのです。

断言できることは、旅費の不正は、正規の旅費に不正をもぐり込ませるため、その色分けは実際に不正に手を染めた者しか分からないのが実態だと思います。

 3 愛媛県警の考察

以上の裏金作りの実態を愛媛県警に当てはめて考察した点を述べます。

(1) 警察庁主導の監査対策指導

警察庁が都道府県警察本部に出張して監査対策指導を講じていたのは紛れもない事実です。

北海道警察の場合、北海道監査委員の道費の監査、会計検査院による国費の監査が行われていましたが、道費の監査は全く緊張感がなく馴れ合いの感じがしておりました。

一方、逆に会計検査院の監査時は、所属長は神経ピリピリ、緊張感が漂っておりました。

国の監査時には、会計検査院職員から支払精算書作成者への質問を避けるため警察官は全員外出させ、警察電話帳・机上のデスクマットに挟んでいる組織系統表やメモ電話番号・事務室のテレビ(備品帳票の貼付なし)等、監査の支障になるものは倉庫に隠匿するなどの動きがありました。

中でも、警察庁では会計検査院の監査に向けて各都道府県警察に直接赴いて本番さながらの監査練習を行っておりました。

平素から会計監査書類は、部下が勝手に上司の印鑑を押印していましたから、警察庁の職員を前にして決裁の順序・説明を求められても、まともに返答できなかった所属長がいたのも事実です。

練習といえばそれまでですが、無駄な労力を費やしたものです。

したがって、いわゆる裏金問題は、愛媛県警も例外ではありません。

仙波敏郎が告発している「偽領収書」等、その手口は北海道警察と同一です。

支出伺、支払精算書、領収書などの書式も共通のはずです。

高知県警の裏金問題では、捜査員が高知県監査委員に陳述している

・上司から鉛筆書きを示され、書き写すよう指示されそのまま書いた

・領収書を作るように言われて電話帳から名前を拾って書いた

・店から白地の領収書を貰って適当に書いた

など、不正の手口は北海道警にそっくりです。

ちなみに全国の都道府県警察が、何年に会計検査院の検査を受けたかの資料は別紙「全国会計検査院実地検査実施状況」の通りです。 

この資料からは、警察庁を頂点として監査すり抜け対策情報を共有していたことが、お分かりいただけると思います。  

(2) 組織における仙波敏郎の位置づけ

警察組織において情報提供謝礼の偽領収書作成拒否や「こんな予算執行は、おかしい」と口に出したとたん、その警察職員の警察人生は終わると言っても過言でなく、上司・同僚・部下からは白眼視され、異端者扱いを受けるのは目に見えております。

今日まで全国の都道府県警察の裏金システムが生き延びて来たのは、無言の締め付けが効を奏し、そのような組織風土が定着していたからだと思います。裏金を口にするならば「組織に楯を突く人間」としてのレッテルを貼られ、左遷人事に遭い一生浮かび上がれないということは、警察職員であれば誰もが知っていることです。

そしてまた、私が北海道警察の裏金問題を告発した時も、目に見えない恐怖にかられました。

現職の仙波であれば尚更のこと、有形無形の嫌がらせ・妨害等は避けて通ることの出来ない問題であり、敢えてその危険を顧みず立ち上がったことにこそ、警察組織の裏金問題の根深さが横たわっているのです。

仙波が立ち上がった時、愛媛県警は彼のけん銃を取り上げ、配置転換という暴挙に出ました。

私はいたたまれず、彼に対してアドバイスの電話を入れたことがありますが、それは通信指令室という勤務環境の緊張感緩和のためです。110番通報受理という仕事は、常時緊張の連続する仕事です。

まさか新設される企画係に配属されるという認識もないまま、「仙波さん、大変だと思うが110番の受理は一人で対応するのではなく、必ず後ろで責任者がサポートして同時に通報内容を聴取する。聞き取り内容が不足であれば後ろからあれ聞け、これ聞けと指示してくれるから心配するな」と旭川方面本部勤務時代の経験をアドバイスしました。

ところが何と「新設の企画係」という分掌配置でした。

企画係というポストは、その部署の頭脳的機能を発揮するところです。

私の経験からしても重要なポストであるにもかかわらず、仙波部長の配属係は閑古鳥の鳴く閑職であり窓際族に他ならないと思いましたし、組織を刺した者、組織の恥部を公言した者への報復人事に他なりません。

一人の人間を抹殺するため、愛媛県警が総力を上げて行動を開始したのです。

そうまでして組織防衛に走る愛媛県警の行動は、OBとしても情けない気持ちに陥りましたが、仙波は潰されませんでした。

仙波の発言が正しいからです。

愛媛県警職員は仙波を白眼視することなく、一丸となって組織の忌まわしい不正を断ち切る絶好の機会だと認識すべきです。

全国の警察組織が抱える裏金問題を曖昧にすることこそが、日本の治安低下を招いている諸悪の根源なのです。

いま警察裏金問題を阻止しなければ、警察組織そのものの存亡の危機に直面するのみならず、国民の生活安寧を今まで以上に脅かすことになると思います。

仙波敏郎に続く勇気ある警察職員の出現に期待したいものです。

(3) 捜査費(国費)及び捜査用報償費(県費)の運用実態

平成17年春ころに元大洲警察署の亀岡信夫会計課長と電話で連絡を取り合ったことがあります。

亀岡には、携帯電話やメールで実名を名乗り出て愛媛県警の裏金実態を告発してはどうか、その方が身の安全を保てるのではないかと勧めたこともありました。

しかし彼は、現在の生活安定が最優先だと言うことで二人の対話はそれ以上、進展しませんでした。

ただ電話のやりとりの中で一番印象に残っていることは、県警こそ違うが裏金作りは全国の都道府県警察共通の不正だ、とつくづく思ったことです。

北海道警察の場合、裏金作りのベースになるのは「動態表」と「設定書」でしたが亀岡は「愛媛県警にはそのような様式はない。」と断言しておりました。

「動態表」に代わるものとして『星取り表』があるとも言っておりました。

ですから愛媛県警の場合は、この星取り表がないまま偽の会計関係の書類を作ることは、あり得ません。

もし星取り表がないまま書類を作成するならば、愛媛県や国の監査時に書類の不備が発覚して不正が露呈することになり危険な状態に至ります。

また私は、平成13年3月に北海道警察を退職しましたが、翌4月から全国一斉に運用された「捜査用諸雑費」制度の愛媛県警関係書類コピーを閲覧したことがあります。

一口で意見を申し上げれば「杜撰で、いい加減」であり、本番の監査に向けて慌てふためく愛媛県警の会計職員の姿が想像されました。

書類そのものは、監査をすり抜けるためもっともらしく作成された真正書類のコピーであることは間違いないと強く推認されました。

しかし、これらの書類は、情報提供者の領収書はあるが押印がない、報償費支払伝票作成警部の押印がない、国費か県費か分からない捜査諸雑費の支払伝票がある、捜査費支払伝票の支払先と添付されている領収書の店名が違う等々、でたらめな書類そのものでした。

愛媛県警の偽書類作成レベルの低さを思い知らされました。

私ならば、もっと巧妙にそして狡猾に作成できます。

更に平成16年春に愛媛県警察本部の警部使用のパソコンから捜査データーが大量にインターネット上に流出しました。

私もそのデーターを閲覧しましたが、捜査報告書に「情報提供謝礼を支払った」とある記述部分です。

全ての報告書を見ましたが、金額の記載は1件もありません。

加えて同一情報提供者の報告書が2通あり、1通にのみ「情報提供謝礼を支払った」とあります。

これは後日予想される会計検査対策用の書類と見るべきです。

従来は全く実在しない捜査協力者への情報提供謝礼交付でいい加減に運用されていましたが、最近、世論の目を気にして実在人物名を使用するようになったのです。

私の警察官人生35年間でも、一度たりとも情報提供謝礼交付を捜査報告書に記載したことはなく、またその必要性もありませんでした。

だからこそ愛媛県警警部の不自然な報告書の嘘を喝破できるのです。

まさかインターネット上に捜査情報が流出するとは予想もしなかったことが現実に起こり、愛媛県警が慌てふためいたことは想像に難くありません。

そしてこれら会計監査書類の改ざんを組織ぐるみで行っている、との報道を知りましたが、現在は、インターネット上に流出した協力者名の現存する会計監査書類は、完全に消去されて書き改められていると受け止めるべきです。

かかる上は、裁判所の職権でこれら会計書類を検証できないものか、と思う次第です。

本陳述書の4ページ目にも記述してある通り、愛媛県警のこれら証拠書類も背表紙が糊づけされているはずです。

見た目に綺麗で外見上は不正な書類を差し挟む余地がないようにしてありますが、裏を返せば何度も改ざんして多数のホッチキス痕跡があるため、これが発覚しないように体裁を整えているだけのことです。

背表紙を破れば無数のホッチキスの跡が確認でき、その痕跡こそが改ざんの事実を雄弁に物語っております。

 4 警察組織の抗弁に対する個人的意見

(1) 捜査協力者保護の視点

捜査協力者に迷惑がかかる、捜査上の秘密だ、と警察庁は言いますが、それは実際に捜査協力者として偽領収書を書いているのは警察職員ですから自分たちの嘘がばれる、だから開示できないのであり、警察組織の言う情報提供者の保護は、それに藉口した「全国の警察組織ぐるみ不正」を隠蔽するための言い訳に過ぎません。 

(2) 捜査費の執行率減少理由等

ア 平成17年6月14日 参議院内閣委員会で警察庁安藤官房長は「情報収集に優れたベテラン捜査員の大量退職やインターネット活用等で捜査手法が多様化した。もっと使えるように努力する。」とこの場に及んでも強がりの答弁を展開しています。

しかし減少の最たる理由は、警察裏金問題が全国的に表面化してきたため、現場が執行出来なくなったことを意味しています。

北海道警察では、平成15年11月末に旭川中央警察署の問題が発覚するまで不正を続けていたことは、複数の現職が私に語っています。

そして北海道警察の捜査費及び捜査用報償費の執行率は、平成15年11月末を境に激減しているのは間違いないことです。

ただ、全国の都道府県警察の今後の展開・方向性としては、執行率をゼロにする訳にはいかないと思います。

警察組織が懐にする裏金は減少しても、信用のおける警部昇任可能性の高い警部補や警部・警視の幹部で偽領収書作りは続けるであろうし、支払精算書の作成も同様に幹部(警部)のみの作成になるであろうと推測しています。

また、捜査諸雑費という小銭をかき集め裏金化する手口も見逃せない、と思います。

イ 一方、愛媛県警察は県警捜査費問題で、粟野友介県警本部長が平成17年7月5日の県議会一般質問において不正支出を一部認めた2001年度の捜査費をすべて対象にして内部調査することに対しては「自らの問題は自らの手で解決するとの強い決意を持って行う」と北海道警察と酷似した発言を行い、外部調査の必要性を改めて否定しました。

また04年度の捜査費執行額の減少率が全国最大だった理由を情報提供者が、存在が公になることを恐れ、謝礼を拒むようになったことなどの結果である、と説得力のない答弁に終始して外部監査を恐れていますが、これも全国の都道府県警察共通の現象です。

(3) 私的流用問題

警察は、「組織を離れての私的流用は確認されなかった。」との横並びの答弁に終始しています。

私が提出した「裏金メモ」でも明らかな通り、当時の署長に毎月現金を手渡していたのは紛れもない事実であるにもかかわらず北海道監査委員による追及は甘く、平成17年5月に行われた北海道監査委員の確認監査でも約3億9千万円の使途不明金が存在しながら、その解明取り組みは曖昧なままの状態で推移しております。

ちなみに私が退職時に署長に渡した裏金61,687円は、新次長・警務・会計係が飲食店での懇親会費に全額費消したと聞知していますが、北海道警察の裏金問題が噴出する以前のことですから、このようないい加減な税金使途がまかり通っていたのです。

(4) 終わりに   

北海道警察では、組織ぐるみの不正を「不適正な予算執行」と言葉をすり替え、また不正の実態・その手口を北海道民の前に何一つ明らかにすることなく、恣意的に返還額を決めて国及び北海道に不適正執行額を返還しました。また、北海道警察が情報公開非開示決定書では「(警察官などの氏名を開示すると)警察を敵視する個人や団体からいやがらせを受けるなど警察活動に支障を来す恐れがある」と表現に微妙な変化を見せておりますが、これは支払精算書を作成した警察官が監査などで追及された場合、言い逃れができないことを恐れての口実に他なりませんし、これまで述べてきた私の体験からすれば、捜査員等は予算執行実務担当者の依頼により機械的に支払精算書や偽領収書を作成しているだけです。

警察庁をはじめ全国の都道府県警察は、もはや「捜査上の秘密」や「捜査協力者の保護」を人質にして逃げ回っている時勢にはないとも思います。

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