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警備公安警察の実情  「男冥利」の公安裏金システム

最終更新時間:2006年03月01日 18時43分05秒

警備公安警察の実情 ─── 「男冥利」の公安裏金システム

平成18年2月25日

「明るい警察を実現する全国ネットワーク」会員

静岡県警公安警察官  真 田 左 近

「どうだお前。男冥利に尽きるだろう!」 これは警備公安警察のなかでの、殺し文句のひとつである。現場の公安警察官が仕事に行き詰まり、切実なる問題点を訴えた際に、上司がその不満を逸らす目的で使うせりふだ。君は国家のために尊い仕事をしている、素晴らしいことだとは思わないか、つまらないことを言うんじゃないと。この手の美談は、かの業界での語り草となっている。

 だが、現実の公安警察は、本当に「男冥利に尽きる」世界と言えるだろうか。その言葉には大いに疑問が残る。


 階級社会の警察にあって、部下が直談判するにはそれなりの理由がある。多少のことは飲み込むのが警察官の習性にしても、しかし、どうにもならない時がある。その典型的なものは経費だろう。そして、良識ある警察官は、警察特有の裏金システムが職務遂行のうえで大きな障壁となっていると気づく。

 私の静岡県警F警察署、警備課時代(平成十二年三月〜十五年三月頃)を思い起こしても、不可思議なことが多々あった。例えば、以前盛んに報道された会計書類の偽造については、他でもない、この私も片棒を担がされたわけである。静岡県警の国費関係書類は「支払伝票」という名称だったが、この書類を少なくとも週二通、月十通は作成していた。上司が渡す鉛筆書きの紙面は見知らぬ協力者の名があり、日時、場所などもその大半が虚構。これをもとに偽造書類は大量生産される。はなはだしい場合は、「○月○日付けのタバコの領収書がほしい。お前はタバコを吸うんだろう。だったらこの日に合わせ、自分でワンカートン買って領収書を持ってこい」といった馬鹿げた命令まで強要された。断れば何らかの報復を受けるのは目に見えていたから、従わざるをえなかったのである。

さらに、私は国費捜査費の使用実態にも、強い疑念を持った。県警本部警備部から各署警備課に配分されるこの予算は、額面の半分しか充当されないと当時の関係者より耳にしていたからだ。何のことはない、示達金の五割は送り主の警備部にキックバックするというのだ。そればかりか、残った予算も相当数が裏金処理され、署幹部の小遣いや異動時の手土産金に化ける。仮に表向き月十万円の予算があるとすれば、平均二、三万円程度が業務に使える額だという。本来は十万円の資金が三分の一、四分の一になってしまうのだから、現場をないがしろにするにもほどがある。

 否、搾取行為はこの程度で終わらない。残りわずかな国費捜査費も、社会的需要が著しく低下した左翼部門が消費するため、特に地方の中小警察署警備課では、外事、カルト(特対)、右翼対策にほとんど配分されないのだ。現にF署にて私が主担当だった右翼対策業務に関しても、月三千から五千円の対策費が交付されていたにもかかわらず(この額自体雀の涙だが)、一度も受領できたことがない。毎日が自腹捜査であり、ひどい月ともなると、三万から五万の出費を強いられた。

なお、私は県西部の某署警備課外事係が、情報提供者への謝礼として現金二千円を交付したという事例を知っている。封筒を開け苦笑いした提供者本人から直接聞いた次第だが、このあたりに公安警察の旧態依然さ、時代を読めない組織の頑迷さが色濃く現れているのではないか。


 ところで、酷使と搾取の日常に嫌気が差していた平成十五年早春、国費捜査費の経理担当だった警備課長S警部(現在静岡県警警備部外事課補佐)より、私は次のごとき言辞を賜った。

「君は捜査費の運営について反対の意見を持っているようだが、だからといって、署長が方々で招かれていることは知っているだろう?いつも自腹で払っていたんじゃ、誰だってたまんないよな?そうは思わないか?」

 たまんないよな・・・・・。それはこっちのせりふだ。酒にうつつを抜かし、公金を不正に貯め込んで異動のたびに持ち逃げ、挙句の果てに外郭団体などに天下りして、老いてなお高級車や豪邸、マンションの取得に執念を燃やす。こんな輩を擁護する一方、なぜか現場の経費を認めず、仕事に打ち込む者をサポートしない。業務よりも上層部の道楽遊興を優先するとは、言語道断もいいところだ・・・・・。心のなかでこう呟いた私は、湧き上がる怒りを抑えるのがやっとだった。

 余談ながら、たまんないよなという名言を吐いたS警部は、正真正銘の悪代官候補生である。彼はソ連崩壊前に外務省へ出向、サンクトペテルブルク(旧レニングラード)にて三等書記官に配置されたが、この在任期間に二千万円ほど蓄財できたという。現地の生活費と県警からの本俸二重取りで潤ったと豪語したわけだが、そのくせ国道バイパスの料金二百円を惜しみ、料金所を避けるために側道を迂回、再び本線に戻るお大尽。要するに、組織を食い物にする警察上層部としての素質を、十数年前の段階で開花させていたのだ。この一事をもってしても、我が古巣、静岡県警がいかに明るい未来を約束された職場なのか一目瞭然だ。


 私は今も公安警察の仕事を愛している。現場の公安警察官が額に汗し、国の鎮め石となってその仕事を誠実にこなすのであれば、敢えて邪魔するつもりはない。むしろ、応援したいとさえ思う。

 だが、退職より三年経った私は、未だにあのフレーズを忘れることができない。

「どうだお前。男冥利に尽きるだろう!」

 もうお分かりだろう。「男冥利」、あるいは「たまんないよな」と口にする公安幹部にろくな人物はいない。御都合主義者か阿諛追従の小役人、あとは平成の悪代官だ。

畢竟、今の公安警察に必要なことは、日本共産党による暴力革命、極左ゲリラ事件の危険性がゼロに近づいたことを認識したうえで、外事警察にシフトチェンジするといった社会実態に見合うスタンス、破綻寸前の国庫を省みて血税を有効に活用する視点、そして警察官僚機構に巣食う寄生虫の駆除である。「男冥利」などと言う前に、現実を直視し、旧態依然な発想を捨て、自らの仕事を淡々と行う。それ以外に何があるというのだろうか。

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