トップ 履歴 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

札幌検察審査会

最終更新時間:2006年03月29日 17時47分23秒

平成17年札幌検察審査会審査事件(申立)第55ないし61号

平成18年札幌検察審査会審査事件(職権)第29号

申立書記載罪名
被疑者中塚幸男につき業務上横領,同高橋道夫につき業務上横領,同五十嵐敏明につき業務上横領,同角森正人につき業務上横領,同片貝忠男につき業務上横領,同和田徹につき業務上横領,有印私文書偽造・同行使,同畠山伸一につき有印私文書偽造・同行使,業務妨害
検察官裁定罪名
被疑者中塚幸男につき業務上横領,同高橋道夫につき業務上横領,同五十嵐敏明につき業務上横領,同角森正人につき業務上横領,同片貝忠男につき業務上横領,同和田徹につき業務上横領,有印私文書偽造・同行使,同畠山伸一につき有印私文書偽造・同行使,有印虚偽公文書作成・同行使,業務妨害
検察審査会認定罪名
被疑者中塚幸男につき業務上横領,同高橋道夫につき業務上横領,同五十嵐敏明につき業務上横領,同角森正人につき業務上横領,同片貝忠男につき業務上横領,同和田徹につき業務上横領,有印私文書偽造・同行使,同畠山伸一につき有印私文書偽造・同行使,有印虚偽公文書作成・同行使,業務妨害

議決年月日平成18年3月15日

 議決の要旨

審査申立人(氏名) 鉢 呂 吉 雄審査申立人(氏名) 佐々木 秀 典被疑者(氏名) 中 塚 幸 男被疑者(氏名) 高 橋 道 夫被疑者(氏名) 五十嵐 敏 明被疑者(氏名) 角 森 正 人被疑者(氏名) 片 貝 忠 男被疑者(氏名) 和 田   徹被疑者(氏名) 畠 山 伸 一不起訴処分をした検察官(官職氏名) 札幌地方検察庁 検察官検事  岩 崎 吉 明

上記被疑者中塚幸男に対する業務上横領被疑事件(札地検平成17年検第1−384号),同高橋道夫に対する業務上横領被疑事件(札地検平成17年検第1−385号),同五十嵐敏明に対する業務上横領被疑事件(札地検平成17年検第1−386号),同角森正人に対する業務上横領被疑事件(札地検平成17年検第1−387号),同片貝忠男に対する業務上横領被疑事件(札地検平成17年検第1−388号),同和田徹に対する業務上横領,有印私文書偽造・同行使被疑事件(札地検平成17年検第1−389号),同畠山伸一に対する有印私文書偽造・同行使,有印虚偽公文書作成・同行使,業務妨害被疑事件(札地検平成17年検第1−390号,1843号,5248号)につき,平成17年12月12日上記検察官がした不起訴処分の当否に関し,当検察審査会は,上記申立人らの申立て及び職権により審査を行い,次のとおり議決する。

議  決  の  趣  旨

本件不起訴処分は

1 被疑者中塚幸男,同高橋道夫,同五十嵐敏明,同角森正人,同片貞忠男に対する業務上横領については,不当である。

2 被疑者和田徹に対する業務上横領,有印私文書偽造・同行使及び同畠山伸一に対する有印私文書偽造・同行使,有印虚偽公文書作成・同行使,業務妨害については,相当である。

議  決  の  理  由

 1 被疑事実の要旨

被疑者中塚幸男は,北海道警察釧路方面帯広警察署長の職にあったもの,被疑者高橋道夫は,北海道警察旭川方面天塩警察署長の職にあったもの,被疑者五十嵐敏明は,北海道警察札幌方面白石警察署長の職にあったもの,被疑者角森正人は,北海道警察札幌方面苫小牧警察署長の職にあったもの,被疑者片貝忠男は,北海道警察旭川方面旭川中央警察署長の職にあったもの,被疑者和田徹及び被疑者畠山伸一は,北海道警察北見方面本部警備課長の職にあったものであり,いずれも各部署において,捜査用報償費又は捜査費の取扱責任者として,所要額の請求,現金の受領,現金の保管,捜査員への交付など捜査用報償費又は捜査費に関する出納保管の業務に従事していたものであるが

第1

被疑者中塚は,北海道警察釧路方面帯広警察署副署長らと共謀の上,平成12年4月1日から平成13年2月18日までの間,北海道帯広市内に所在の同警察署において,捜査用報償費合計154万5098円を業務上預かり保管中,そのころ,同警察署において,ほしいままに,これを着服して横領し

第2

被疑者高橋は,北海道警察旭川方面天塩警察署次長らと共謀の上,平成12年4月1日から平成13年2月18日までの間,北海道天塩郡天塩町内に所在の同警察署において,捜査用報償費合計15万9260円を業務上預かり保管中,そのころ,同警察署において,ほしいままに,これを着服して横領し

第3

被疑者五十嵐は,北海道警察札幌方面白石警察署副署長らと共謀の上,平成12年4月1日から平成13年2月18日までの間,札幌市白石区内に所在の同警察署において,捜査用報償費合計123万9623円を業務上預かり保管中,そのころ,同警察署において,ほしいままに,これを着服して横領し

第4

被疑者角森は,北海道警察札幌方面苫小牧警察署副署長らと共謀の上,平成12年4月1日から平成13年3月31日までの間,北海道苫小牧市内に所在の同警察署において,捜査用報償費合計220万8024円を業務上預かり保管中,そのころ,同警察署において,ほしいままに,これを着服して横領し

第5

被疑者片貝は,北海道警察旭川方面旭川中央警察署副署長らと共謀の上,平成12年4月1日から平成13年2月18日までの間,北海道旭川市内に所在の同警察署において,捜査用報償費合計199万9552円を業務上預かり保管中,そのころ,同警察署において,ほしいままに,これを着服して横領し

第6

被疑者和田は,捜査費を着服横領しようと企て,平成14年ころ,行使の目的をもって,ほしいままに,飲食店用の領収書用紙の金額欄に「3200円」と記載するなどし,もって他人の印章又は署名のある飲食店「スナック某」作成名義の領収書1通を偽造し,そのころ,北海道北見市内に所在の北海道警察北見方面本部において,上記偽造に係る領収書を真正に成立したもののように装って,捜査費の交付申請書とともに提出して行使し,捜査員が捜査協力者と接触する際の経費として出納手続した捜査費3200円を業務上預かり保管中,そのころ,同方面本部において,ほしいままに,これを着服して横領し

第7

被疑者畠山は,会計書類を差し替えるなどして会計検査業務を妨害しようと企て,平成15年6月25日ころ,上記北見方面本部警備課室等において,行使の目的をもって,ほしいままに,飲食店用の領収書用紙の金額欄に「¥3,200」,年月日欄に上記「スナック某」作成名義の領収書と同一の年月日を記載するなどし,もって他人の印章又は署名のある飲食店「ロイヤルパブポンパドール」作成名義の領収書1通を偽造するとともに,同課外事担当班統括官Aをして,捜査費の支払伝票用紙に捜査協力者との接触時の飲食代金として上記「ロイヤルパブポンパドール」に捜査費3200円を支払った旨の同人名義の署名押印のある内容虚偽の支払伝票を作成させ,自ら上記偽造に係る領収書及び内容虚偽の支払伝票を上記「スナック某」作成名義の領収書及びこれに関する支払伝票と差し替えた上,平成15年7月10日,上記方面本部公安委員会室において,会計実地検査を実施中の会計検査院第一局司法検査課副長Bに対し,上記偽造に係る領収書及び内容虚偽の支払伝票を呈示して行使し,さらに,同月22日ころ,東京都千代田区内に所在の会計検査院において,同人に対し,情を知らない警察庁長官官房会計課Cを介して,上記「ロイヤルパブポンパドール」に係る虚偽の求人広告が記載された求人情報紙のコピーを呈示して閲覧させるなどし,もって偽計を用いて上記Bの会計検査業務を妨害したものである。

2 検察官の不起訴処分の理由

第1ないし第5の事実について

本件被疑事実の要旨第1ないし第5の被疑者中塚,同高橋,同五十嵐,同角森,同片貝が,それぞれ副署長等らと共謀の上捜査用報償費を業務上横領したという事実については,捜査の結果いずれも,捜査用報償費の実際の使途として,捜査経費,激励慰労費等当該警察署の経費として使用されたものと認められ,業務上横領罪を構成するような私的流用の事実は認められなかったので,被疑者らの犯行を認めるに十分な証拠はなく,結局,被疑事実の要旨第1ないし第5の事実は,犯罪の嫌疑が不十分であると言わざるを得ないとして不起訴処分としたと思われる。

第6の事実について

本件被疑事実の要旨第6の被疑者和田が領収書を偽造,行使したという事実及びその領収書を提出することによって捜査費3200円を業務上横領したという事実については,当該捜査費が執行前に所属長等に対し事前の報告を要しない捜査諸雑費であったという性格上,直接捜査費を執行した部下が上司である被疑者和田に事前に報告することは必要ないので共謀していたとは考えられないこと,偽造したとされる領収書が既に廃棄されており,名義人であるスナックを特定することができないので偽造の確証が得られなかったこと,当該捜査費3200円の使途先も捜査活動に必要な経費に充てたものと認められ私的流用の事実は認められなかったこと,などの理由から被疑者和田の犯行を認めるに十分な証拠はなく,結局,被疑事実の要旨第6の事実は,犯罪の嫌疑が不十分であると言わざるを得ないとして不起訴処分としたと思われる。

第7の事実について

本件被疑事実の要旨第7の被疑者畠山が会計書類を差し替えるなどして会計検査院の会計検査業務を妨害したという事実のうち,業務妨害の点については,被疑者畠山の行為によっても,上記北見方面本部に対する会計検査業務自体は妨げられることなく遂行されていたので,被疑者畠山に業務妨害罪が成立するものとは認められず犯罪の嫌疑が不十分であるとして,領収書に関する偽造,行使の点については,当該飲食店経営者の了解があったので犯罪の嫌疑がないものとして不起訴処分としたと思われ,さらに,検察官は,支払伝票に関する有印虚偽公文書作成・同行使の点を職権で立件した上で,この点に関する被疑事実は認められるが,被疑者畠山の私利私欲に基づく犯行ではなく,被疑者畠山は懲戒処分を受けて社会的制裁を受けているなどの事情を考慮して起訴を猶予するのが相当と判断して,結局,被疑事実の要旨第7の事実を不起訴処分にしたと思われる。

3.当検察審査会の判断

 (1)本件審査に当たって

被疑者畠山に関し,申立書記載罪名は,有印私文書偽造・同行使,業務妨害であるが,検察官裁定罪名は,有印私文書偽準・同行使,有印虚偽公文書作成・同行使,業務妨害である。当検察審査会としては,本件申立書にはないが,被疑者畠山が,本件において虚偽の公文書を作成し,それを行使したことが,一件記録上明らかであり,検察官もそれに対して不起訴の裁定をしているので,被疑者畠山に関し,職権で有印虚偽公文書作成・同行使の罪名を取り上げて審査する。

 (2)本件申立に至る背景

平成15年11月,旭川中央署の平成7年5月分と同9年9月分の捜査用報償費が,実際には捜査協力者に支払われず,不正流用されていた疑いが民放報道で指摘され,同年12月に不正支出された疑いがある捜査用報償費約50万円を道に返還するよう求める住民監査請求が提起され,一連のいわゆる「道警裏金問題」がクロ−ズアップされるようになった。そして,平成16年になってから,旭川中央署の内部文書とみられる資料に捜査協力者として名前がある男性が損害賠償を求めて道を訴え,さらに,元北海道警察釧路方面本部長原田宏二氏(以下「原田氏」という。)が記者会見を行い,捜査用報償費等について,ほぼ全額が裏金に回され,署長等幹部の飲食・遊興費等としても使用されていたことが暴露されるに及んで裏金問題は北海道警察(以下「道警」という。)が無視できない事態となり,道警において内部調査が行われ,平成15年11月22日「捜査用報償費等特別調査結果」が公表され,平成12年度以前には,多くの部署において実態と異なる会計書類を作成するなどして,捜査用報償費等を不適正に執行していたことを初めて道警が認めるに至った。

その後,北海道知事の要請に基づき道警における予算執行の監査を行った道監査委員が「要求監査結果報告書」を公表し,捜査用報償費について,相当以前から平成12年度までの長期にわたり,ほぼすべての部局において,慣行として,組織的に不正な予算執行が行われ,平成13年度以降にも一部の部局で不正があったほか,旅費,食料費及び交際費についても,不正な予算執行があったことを認定した。

そこで,本件申立人鉢呂吉雄,同佐々木秀典(以下「申立人ら」という。)から上記要求監査結果等に基づいた本件被疑者らの本件各被疑事実に関する告発状が東京地方検察庁に提出され,東京地方検察庁から事件が札幌地方検察庁に移送されて,平成17年12月12日に不起訴処分が下され,本件審査申立がなされるに至った。

 (3)申立人らの主張の要約

申立人らは,本件申立書において不起訴処分を不当とする理由を詳しく述べた上,すべての被疑事実について起訴すべきであると主張している。その主張は,多岐にわたるが,要約すると次のようになると思われる。

第1ないし第5の事実について

原田氏の証言から私的流用が道警内で行われていたのは明らかであるから,検察はすべての会計書類について,領収書等の物的なものの事実確認を行うべきである。

支出された金員の使途を確認するとともに,捜査協力者に対して謝礼の受領の有無を確認するなどして,私的流用の捜査を行うべきである。

裏帳簿の存在の有無を確認するために,当時の会計担当者及び被疑者ら,関係機関への家宅捜索等,強制捜査を行い,事実を確認すべきである。

強制捜査で使途不明金について確認し,その全容を解明すべきである。

公金から餞別金が支出されることは,明らかに業務上横領罪であるのに,直ちに私的流用があったと言えるかは検討の余地がある旨の検察官の説明には納得がいかない。

公金を「裏金化」する行為そのものが業務上横領罪を構成するという判例に照らすと,私的流用の事実の有無を判断するまでもなく,本件について業務上横領罪が成立する。

 第6の事実について

偽造したとされる領収書は破棄されているからといって,関係者の証言のみで私的流用の事実の有無を判断するのではなく,強制捜査等で事実を確認すべきである。

 第7の事実について

仮に私利私欲の犯行ではなく,被疑者が既に行政処分を受けているとしても,被疑事実は明らかに違法な行為であるから訴追されるべきである。

(4)第1ないし第5の事実についての当審査会の判断

捜査用報償費及び捜査費(以下両者を併せた場合は「捜査用報償費等」という。)は,警察の捜査活動に必要な経費を賄うための予算であり,例えば,捜査協力者等に対する現金,菓子折,商品券等の謝礼や捜査協力者等との接触に際して必要となる交通費,飲食費など,また,聞込み,張込み,尾行等に際して必要となる交通費,飲食費,入場料,遊技代,電話代等や早朝,深夜の捜査等に際して必要となる交通費,捕食費などに使われるもので,捜査費は国費,捜査用報償費は道費である。本来,捜査費は,公安事件や汚職事件など特別な犯罪の捜査に要する経費にのみ支出することができ,捜査用報償費は,それ以外の犯罪の捜査経費に充てるべきものとされていた。そして,捜査用報償費等の正規の執行手続は,取扱責任者である警察署長(方面本部等では課長)に,取扱補助者である副署長(小規模警察署では次長,方面本部等では次席。以下これらを含めて「副署長等」という。)が,現場の捜査員から必要の都度申請を受けて作成した「支出伺」を提出し,決裁を受けて現金が交付され,捜査員が捜査協力者等に謝礼を渡すなどして執行した後,「支払精算書」を作成し,捜査協力者等から徴収した領収書を添え,副署長等を経由して署長等に報告し,現金に過不足があればその際精算するということになっていた。

法に則り正義を行っている以上,当然正規の会計手続により適正に執行されていると誰もが疑わなかった警察における予算執行が,捜査用報償費等など多くの分野で著しく正規の会計手続からかけ離れたものとなっていたことが判明し,北海道民を驚愕させたのがいわゆる「道警裏金問題」である。道警の裏金は,本来用途を区別すべき捜査用報償費と捜査費を一括して副署長等が保管することによって生み出され,正規の会計手続によらずに,副署長等が各部署の担当次長及び課長に捜査経費等として配分したり,一部を手元に留保したりして,それぞれ様々な用途に使用するという仕組みであるが,その仕組みを顕在化させないため,組織的に,実態と異なる支出関係の書類を作成していたというものであり,相当以前から長い間慣行として組織的に行われていたことが道警の内部調査で明らかにされた。

上記(2)にふれたように,道警の内部調査による「捜査用報償費等特別調査結果」が公表されたのに対して道の監査委員による監査が行われ,「要求監査結果報告書」が公表され,その中で「執行の事実がない」ものとして,本件第1ないし第5の各被疑事実記載の捜査用報償費が不適正な予算執行の一部として指摘されたことから,申立人らが,捜査用報償費等の取扱責任者である警察署長や方面本部警備課長の職にあった被疑者中塚らが,同費の取扱補助者の立場にあった副署長等と共謀して,捜査用報償費等を裏金化して保管し,ほしいままに,これを着服し横領したとして業務上横領罪で告発したもので,要求監査結果報告書に「執行の事実がない」とされたものは,公金である予算を正規の会計手続によらずに目的外に使用したわけで,まさに横領の疑いが強いと考えるところであるが,検察官は,この「執行の事実がない」という記載と業務上横領罪との関係を問題とした。検察官は,要求監査結果報告書に「執行の事実がない」とあるのは,捜査用報償費につき会計書類どおりの予算執行がなかったことのみを意味しているにすぎず,それが実際に何に使われたかについては要求監査では問題にしていなかった,旨の監査委員事務局の課長らの供述を捉え,目的外に使用したことが直ちに業務上横領に該当するのではなく,それが各警察署の経費として使われずに,被疑者らの私的な用途に費消されたという事実,すなわち,「私的流用」が証拠上明らかになってはじめて業務上横領罪が成立すると考え,捜査の結果私的流用の事実が認められなかったので嫌疑不十分としたようである。そこで,業務上横領の証拠である私的流用の事実の有無が本件の第1の争点となる。

第1の争点について

一件記録を検討すると,被疑者らは,正規の会計手続に反して捜査用報償費を執行していたことを認めつつも,その使途については,「捜査経費、交際経費,激励慰労経費等の警察活動に要する経費に充てた。」などと述べ,私的流用の事実を否認しており,また,本件各警察署の平成12年度当時の副署長等は,「捜査用報償費については,捜査費と一括して保管した上で,正規の会計手続によらずに,各担当次長及び課長に捜査経費等として配分し,一部を手元に留保して関係機関,関係団体との交際経費や職員の激励慰労経費に使用するなど,いずれも署の経費として使用していたのであり,署長に対しては,個人的な手当等の金員交付をしておらず,横領などしていなかった。」などと供述し,私的流用の事実を否認しており,双方の供述は内容的にほぼ合致している。

しかし,原田氏は,被疑事実の平成12年ころよりは何年か遡るとしても,同人が警察署長の職にあったとき,裏金から毎月5万円ほどのヤミ手当を受け取った上で,個人的な飲食代金やゴルフ代などに使ったり,異動に際して裏金から5万円程度を餞別金として受け取ったと供述して,まさに私的流用の事実があったことを認めている。

このように私的流用について様々な供述があるわけだが,道警の特別調査の妥当性を検証するため行われた道監査委員による確認的監査の結果を公表した「確認的監査結果報告書」においては,「執行の事実がない」とされたものの中から相当額が,各警察署の経費に充てられていたことを認め,被疑者らを含む道警職員らによる私的流用の事実は確認されなかったとされており,また,会計検査院が公表した「平成16年度決算検査報告」においても同様に私的使用は認められなかったとされている。

思うに,道の監査や会計検査院の検査で道警の会計書類で捜査用報償費等の使途をチェックしても,そもそも支払精算書等の正規の会計書類には,捜査用報償費等の執行実態とは異なる内容が記載されており,そこに捜査協力者等として記載されている者の氏名は,全く架空名義であったり,電話帳等から適当に拾った名前がほとんどであるという実に驚くべき実態が被疑者ら道警関係者らの供述から明らかになっているのであるから,私的流用の事実の有無を十分にチェックできるものではなかったのではないか。そうすると,私的流用の事実の有無を実質的に調査できるのは,本件における検察庁の捜査しかなかったという事になる。そこで,本件において検察官がどこまで実態に迫って裏付け捜査を行ったかを検討したが,当審査会としては,捜査用報償費等の使途が非常に多岐にわたることや,一般市民として納得しにくい懇親会費や激励慰労会費等に公費が使われていることに不信感がつのるものであり,さらに,捜査協力者という存在を隠し,その身の安全をあくまでも守らなければならないということであるとしても,虚偽の会計書類を組織的に作成してまで秘匿を貫くというのは明らかに許されるものではないし,それをいいことに,全く架空の支出を作り出して私的流用に及んだ件があるのではないか,それも少ない数ではないのではないかという疑いがどうしても拭えないので,第1の争点についての検察官の裏付け捜査には不足があると言わざるを得ず,不十分な捜査結果に基づく不起訴処分には納得がいかない。

次に,本件のような官公署の経費を流用した場合,そもそも業務上横領の証拠として私的流用の事実の存在が必ずしも必要なのか,という点にも疑問がある。

そこで,業務上横領の証拠としての私的流用の事実の必要性が本件の第2の争点となる。

第2の争点について

官公署の経費を流用した業務上横領に関する判例は,不法領得の意思については具体的事例に則して判断しているので,業務上横領においては常に私的流用の事実がないと不法領得の意思が認められないとは,一概に言えないのではないか。判例や学説には,私的流用の事実の存在を証拠として必要と考えていると思われるものがある一方,保管金銭をその本旨に反してまったく流用し得ない用途に支出した場合には,たとえその目的が私利私欲のためでなくとも業務上横領罪が成立するとするものもあり,後者の考え方を本件に当てはめてみると,捜査用報償費等を裏金化する行為そのものが本旨に反する保管金銭の流用と考えることもでき,配分された各部署での私的流用の事実があるかないかに関わらず業務上横領罪が成立するという解釈も可能となる。

したがって,第2の争点については,犯罪の成立に関する重要なポイントであり,具体的な事例によって裁判所の判断が分かれる可能性があると思われるので,その判断は,裁判所に委ねるべきである。

オ 結論

以上争点を中心に検討した結果,第1ないし第5の事実については,検察官に再考と更なる捜査を要請すべく前記議決の趣旨のとおり論決する。

(5)第6の事実についての当審査会の判断

被疑者和田は,第6の事実につき「領収書を偽造したことも行使したこともなく,まして,その3200円を業務上横領したことなど一切ない。」旨述べて犯行を全面否認している。

まず,業務上横領の点について検討すると,被疑者和田が着服横領したとされる3200円は,道警北見方面本部警備課において,被疑者和田が課長を務めていた平成14年当時に同課に配分された捜査費の一部であり,同課次席から同課外事担当班統括官Aに「捜査諸雑費」として交付され,Aが執行したものであることが,捜査で判明している。

「捜査諸雑費」とは,捜査員が日常の捜査活動(情報収集,聞込み,張込み,尾行等)において使用する少額で多頻度にわたる経費をいい,毎月初めに捜査員一人当たり1万円程度の捜査費又は捜査用報償費を捜査諸雑費として交付しておき,捜査員は,事前の報告,決裁なしにこれを執行した上で,執行後,「支払精算書」ではなく「支払伝票」に執行状況を記載し,これを「領収書」や未執行金額とともに毎月未に次席等に提出して精算するという取扱いで,捜査用報償費等に関する執行手続の適正化を図るため,平成13年4月から導入されたものである。このような捜査諸雑費の性格をふまえて本件を検討してみると,本件捜査費3200円の執行に関する支払伝票及び領収書は,第7の事実の犯行の過程で,偽造支払伝票及び領収書に差し替えられ,廃棄されたため実物を確認することは不可能なので,Aの供述によるしかないところ,同人は,「この3200円については,支払伝票に,スナックで捜査協力者と接触した際の飲食代として執行した旨実態と異なる事実を記載した上で,外事担当班の運営費としてプールしていた。プールした現金については,執務に必要な書籍の購入費等班の運営に必要な経費に充てたが,この3200円を実際に何に使ったかは具体的に特定できない。捜査諸雑費を班の運営費としてプールしていたことについては,上司には報告していなかった。」旨供述していることから,捜査諸雑費の執行の実態をかいま見ることができ,執行手続の適正化を図るために創設された捜査諸雑費ですら,現場では相変わらず不明朗な執行がなされていたことが分かるので,当該3200円の執行先もおそらく班の執務に必要な書籍の購入に充てられた可能性が高いものの不明確であると言えるわけだが,そもそも捜査諸雑費については,執行前に所属長等に対し事前の報告を要しないとされる点に特徴があることからすると,Aの供述にも不自然さはなく,被疑者和田がAから報告を受けるなどして共謀していたと認めることは困難と言わざるを得ない。

次に,有印私文書偽造・同行使の点について検討すると,この点につきAは,「支払伝票には,自分が飲食した際のスナックの領収書を添付したが,その領収書を偽造したわけではない。そのスナックが何という店であったかまったく印象が残っていない。」旨供述しているが,本件に関する領収書は,第7の事実の領収書差替え行為によって廃棄されたため,名義人であるスナックを特定することができず,偽造の判断も不可能である上,この点についても,Aと被疑者和田との共謀を認めることは困難と言わざるを得ないし,被疑者和田が当該領収書を何らかの形で行使したことを窺わせる事情もない。

ウ 結論

その他,被疑者和田の上記供述を排斥して本件犯行を認めるに足りる証拠はないし,今後捜査をしても新たな事実が明らかになる可能性も極めて低いことから,第6の事実については犯罪の嫌疑が不十分であると言わざるを得ないので,前記議決の趣旨のとおり議決する。

(6)第7の事実についての当審査会の判断

本件は,平成15年度当時道警北見方面本部警備課長であった被疑者畠山が,同本部に対する会計検査院の実地検査の対応を検討中,Aが執行した捜査費の領収書が,スナックでの飲食にもかかわらず金額が3200円と低額であることに検査官が不審を抱くおそれがあると思ったため,「ロイヤルパブポンパドール」名義の金額及び日付欄が白地の領収書に,上記スナック名義の領収書と同じ金額及び日付を記入し,A名義の支払伝票についても店名を変えて作り直させた上で,実地検査の当日にこれら領収書等を会計検査院第一局司法検査課副長Bに示して行使し,さらに,同副長から「ロイヤルパブポンパドール」が実在する旨の証明を求められると,後日,同パブの虚偽求人広告を警察庁係官を介して同副長に示したというまことに作為的な事案で,被疑者畠山が自白しているし,その違法性は強いと思われるが,各罪名ごとにその当否を検討する。

イ 有印私文書偽造・同行使罪について

本件については,一件記録によると,名義を冒用された形のロイヤルパブポンパドールの経営者であった者が,自己又は従業員が金額及び日付欄を白地のまま客に渡した領収書であることを認め,白地の領収書を渡すことは後日金額や日付欄を自由に書き込んでかまわないとの気持ちであったから,当該領収書は,同経営者の気持ちに反して作成されたものではない旨の供述をしているので,名義人の承諾がある以上,文書偽造罪の構成要件そのものの該当性が妨げられ排除されることになり,被疑者畠山には犯罪の嫌疑がないと言わざるを得ない。

ウ 有印虚偽公文書作成・同行使罪について

本件については,3の(1)にあるとおり捜査の過程で探知され,検察官が職権で立件した罪名であるが,被疑者畠山がAに命じて支払伝票に虚偽の店名(ロイヤルパブポンパドール)を記載させ,上記アのとおりこれを会計検査院の実地検査の際に示したことは証拠上明らかであり,被疑者畠山につき有印虚偽公文書作成・同行使罪が成立する。検察官は,本件犯行は道警で古くから慣行的に行われてきた会計書類に実態と異なる事実を記載する扱いの延長上にあり,支払伝票の当該捜査費がAにより外事担当班の運営費に使用されていたことを知らなかった被疑者畠山が,会計検査院の実地検査を順調に終えたい一心で犯行に及んだもので,極めて軽率な行為であるが,不正隠蔽等の悪質な動機によるものでもなく,私利私欲に基づく犯行でもないし,被疑者畠山が本件を理由に停職1か月の懲戒処分を受けて一定の社会的制裁を受けているなどの事情を考慮し,起訴を猶予するのを相当と判断したようであるが,道警で古くから行われてきた悪しき慣行に従ったに過ぎない被疑者畠山一人だけを,ことさら処罰するのはどうなのかという点に検察官の思いがあるとすると,それは一般市民として理解できることではない。なぜなら,その考え方こそが,道警の組織擁護を助長するからである。とはいえ,この一人を厳正に処罰することにどれだけの意義があるのかと考えたときに,金額的に少額であること,上記イのとおり虚偽作成の原因となった領収書の偽造等については被疑者畠山には犯罪の嫌疑がないと判断したこととの均衡から,検察官が考慮した諸事情を併せ検討すると,起訴猶予とした検察官の裁定も致し方ないと言わざるを得ない。

エ 業務妨害罪について

本件は,要するに被疑者畠山が会計書類を差し替えて道警北見方面本部に対する会計検査院の会計検査業務を妨害したという事案であり,公正に行われるべき会計検査業務を阻害したことは間違いないが,検察官の不起訴裁定理由を検討すると,刑法第233条の業務妨害罪が成立するには,業務の公正さが阻害された事では足りず,会計検査業務そのものの妨害があったと認定されることが必要であると考えるべきであるから,本件では被疑者畠山の行為によって会計検査業務そのものの遂行が妨げられたり困難を来したとまでは認められないので,犯罪の嫌疑が不十分ということになったと思われる。被疑者畠山がB副長に虚偽の領収書及び支払伝票を示したことについては,B副長は,その真偽を確かめるためロイヤルパブポンパドールの実在を証明する資料を示すことを求めるなどしたわけであるから,この段階では会計検査業務を遂行したことになり,また,被疑者畠山がロイヤルパブポンパドールの実在を示す資料として,後日,警察庁職員を介して虚偽の求人情報紙写しを示したことについては,B副長は,その具体的な状況を記憶していないと供述しているので,B副長の検査内容においてはそれほど重要な事実ではなかったと思われ,さらに,衆議院内閣委員会での会計検査院事務総局次長の答弁などを含めて総合的に考えると,当該会計検査業務それ自体は継続して実施されていたと判断せざるを得ないので,被疑者畠山の行為によって現実に会計検査業務そのものの遂行が妨げられたり困難を来したとは言い難い。よって,本件については嫌疑不十分であると言わざるを得ない。

オ 結論

以上,イないしエで検討した結果,第7の事実については,犯罪の嫌疑がないと言わざるを得ない,起訴を猶予すると言わざるを得ない及び犯罪の嫌疑が不十分であると言わざるを得ないとの理由から,前記議決の趣旨のとおり議決する。

平成18年3月22日札幌検察審査会

Counter: 430492