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原田氏 愛媛県警国賠訴訟陳述書

最終更新時間:2006年09月19日 16時47分45秒

陳  述  書                   

平成18年8月11日

原 田 宏 二

 1. 経歴

昭和32年4月北海道警察(以下道警)採用(巡査)、昭和50年4月警察庁防犯課出向(警部)、昭和53年〜57年山梨・熊本県警捜査第2課長(警視)、昭和57年3月道警本部刑事部機動捜査隊長、昭和63年3月道警札幌方面西警察署長、平成元年3月道警本部警務部警務課長(警視正)、平成2年3月道警旭川方面旭川中央警察署長、平成3年10月道警本部防犯部長、平成5年10月道警釧路方面本部長(警視長)、平成7年2月道警退職、平成7年4月安田生命保険相互会社参与、平成15年3月同社退職

 2. 原告が記者会見で告発した、警察内で捜査費・捜査報償費等を不正に流用して裏金にしていることが、警察庁の指導の下、全国の警察で行われていること

(1)現行の警察法では、都道府県警察を建前としているが実態は国家公安委員会警察庁)を頂点とする国家警察である。都道府県警察本部長をはじめ警視正以上の警察官は、国家公安委員会が任免するほか、重要事件の捜査費などの経費を国が支弁することになっている。人、金、物を警察庁が支配する事実上の国家警察である。こうした組織実態にあることは、裏金システムが警察庁を頂点とする全国の警察で行われていたと考えるのがごく自然である。

ちなみに、道警では、道警の運営方針を協議する警察本部長以下の部長会議9人のメンバーのうち6人が警察庁のキャリア官僚であった。また、裏金システムの中枢の会計課長は警察庁からの出向者(警視級事務官)のポストである。

(2)会計検査院の検査に際し、事前に警察庁会計課による指導の下で入念な事前準備が行われていた。それは、裏金システムの隠ぺい工作である。私自身が事前準備に関与したことがあるし、会計検査院の検査で虚偽の説明をした経験がある。この会計検査の時も、警察庁会計課の事前指導が行われ、警察庁会計課の係員が検査当日に立ち会っていた。

平成15年7月の会計検査院の実地検査に際し、道警北見方面本部警備課長が偽造した領収書を提示したことが発覚し、不正(国費捜査費18件52万6500円)が行われていたことが明るみにでた。この実地検査でも警察庁会計課が事前に指導しているし、実地検査時に警察庁会計課の監査室のメンバー3人が同席していた。(平成16.4.14衆議院内閣委員会での警察庁答弁)これを見ても裏金システム隠蔽に警察庁が深く関与していたのは紛れもない事実である。

ちなみに、警察庁は平成16年からはこうした事前の指導などを取りやめたとされている。

(3)平成12年、警察庁主催で開催されたと認められる「ブロック別監査室長等会議」では、「警察全体の金の使い方を根本的に改革していかなければならない」と警察庁会計課の企画官なる人物が指示し、捜査費、旅費の問題や市民オンブズマンの情報開示請求への対応などが協議されている。これは、明らかに裏金システムの存在を前提とした協議である。警察庁は、その真否を確認しないが、その後、平成13年度から「捜査諸雑費制度」が導入されるなど会議内容が客観的事実と合致しており、こうした協議が行われたのは間違いない。

(4)これまで、私が知る限りでは、警視庁をはじめ愛媛県警など16都道府県警察で裏金疑惑が発覚しているが、ニセ領収書つくりなどの手口は全国共通である。私自身が、勤務した警察庁でもヤミ手当を受け取っていた。その後、勤務した山梨県警捜査2課と熊本県警捜査2課でもヤミ手当てを受け取っていたし、課長として旅費や捜査費等の会計書類の決裁をしたことはない。こうした予算は、すべて裏金として執行され、課の次席が裏帳簿で管理していた。これは道警の裏金システムと同一であり、単なる偶然の一致ではない。警察庁を頂点に全国警察に同じような裏金システムが存在したことを示している。

 3 捜査費・捜査報償費等を不正に流用することが現場の警察官に対して与える影響

(1)最初に警察組織の実態を説明する必要がある。

警察は、一握りの警察キャリア官僚と、それを取り巻く地方幹部、彼らが監督する9割近い警部補以下の警察職員からなっている。その組織を支えているのは、絶対服従の階級制度である。加えて警察官には労働基本権はない。

そこでは、「治安維持の使命のため」という大義名分の下で、金くれ、物くれ、休みくれ「三くれ」はタブー視され、下意上達の道は閉ざされている。

そうした組織実態の中で、本来は、現場の捜査員が捜査協力者の運用に使われるべき「捜査費・捜査用報償費」は、すべて裏金となり上層部が自由に使っていた。旅費についても同様である。必要な費用が現場に行き渡らなければ、仕事に意欲がある警察官ほど自腹を切らざるを得なくなる。それでも彼らはそのことを口にすることはできない。

警察では、一部の警備・公安部門を除いて、組織的に協力者を管理・運用するシステムができなかったのはそのためである。

(2)まず、私の体験を説明する。

私が、裏金つくりに初めて関与したのは、昭和39年、道警北見方面本部刑事課であった。当時の階級は、仙波さんと同じ巡査部長であった。庶務係長から毎月1回、ニセ領収書や出支関係書類を作るように指示された。私の周辺では、補佐(警部)以下全員が作成した。異を唱える者は誰もいない。そして、毎月金庫番の次席から、ヤミ手当てが配られる。巡査部長は500円だったように記憶している。

私は、当時、警察の予算に関する知識もなく、ニセ領収書等を作ることが、まともなことだとは思わないまでも、違法だという認識はなかった。ヤミ手当ても時間外手当の不足分を補ってくれているのだろう、という認識であった。その後、勤務したすべての所属で同じことが行われたていた。これは現場の警察官にニセ領収書を作らせるなど、いわば警察組織としての犯罪行為に加担させることにより、あるいはその一部を異動時の餞別、運営費、慰労などに使うことにより、現場の警察官を犯罪行為の共犯に巻き込み口封じをしていたことになる。現場の警察官としても、心のなかではそれが違法なことであると思いつつも、これを外部に向かって口にすることはなかった。

(3)裏金つくりに協力しない、あるいは批判を口にしても、警察組織はそのことを理由に表向きの処分はできない。やぶ蛇になるからである。そのため、まず、密かに「要注意人物」としてレッテルが貼られる。そして、裏金システムから遠いポスト、多くの場合は辺地勤務などに左遷する。無論、「要注意人物」は昇任させない。こうした人事措置に不満があれば、自主的に退職をするか、いわゆる飼い殺しや村八分を覚悟で退職まで勤務するしか、警察官として生きる道はない。 この典型的な例が、原告の仙波部長のケースである。彼は、巡査部長に昇任した直後に、上司のニセ領収書を作るようにとの命令を拒否した。それ以来、33年間巡査部長のままである。現在は、どこの警察でも警察官の処遇改善のため、ほとんどの警察官は退職までには最低でも警部補までには昇任する。仙波部長は、警察官としても極めて優秀な人物である。その仙波部長が、33年間巡査部長のままに据え置かれているのは、裏金システムへの協力を拒否したからに他ならない。

(4)多くの警察官にとって、警察の裏金システムの存在には関心がない。というより関心を持たないようにしていると言った方が正しいのかも知れない。原告の仙波部長のように警察官としての厳しい倫理観を持った警察官は例外中の例外である。

警察の裏金システムが、現場の警察官の志気に顕著な影響を及ぼすのは、それが発覚したときと、それに対する警察本部長などの上層部の対応である。

警察本部長などの上層部は、多くの場合は事実を否定し、あるいは、そのごく一部を認めて謝罪し裏金を返還して幕引きを図る。現場の警察官は、そうした上層部の対応が真実ではないことを知っている。幹部が裏金を私的に使っていることも知っている。しかも、上層部はそのことで重い責任を問われることもない。こうした、上層部の醜い姿を知ったときに現場の警察官の志気は著しく低下する。現場の警察官は、日ごろから、治安維持は崇高な使命である、警察は無謬の組織でなければならないといった「警察神話」を叩き込まれているが、裏金システムの発覚によってはじめて、自らの組織が裏金の泥にまみれた組織であることを再確認し、上層部の対応が国民に対する裏切りであることを知る。そして、直接国民の批判の目にさらされるのも彼ら現場の警察官であり、その寄って立つ基盤を一気に失うことになる。   

 4. 北海道警察の裏金問題を告発した動機・経緯

(1)階級が上がり警視になると、私は裏金を作る側から使う側になって行く。その頃になると、裏金が道警全体で組織的に行われているシステムであることが分かってきた。しかし、それが国民の税金であることや犯罪行為であるといった認識は薄れている。裏金つくりは、会計課が中心となり密かに行われていて、会計書類が決済に上がってくることもなく、日常の仕事の場面では一切目に触れることがない。その存在を意識するのは、ヤミ手当を受け取り裏帳簿に決裁するときと会計検査のときだけである。

私の場合は、意識的に裏金問題を遠くに押しやって仕事をしていたように思う。自分としては、所属長として裏金を現場に還元するという考えで運用していたのも少しでも後ろめたさから逃れるためでもあった。裏金の総額やヤミ手当ての額についてほとんど記憶に残っていないのもそのためではないかと、今になって思うことがある。

今になって、もし所属長の立場で道警の裏金システムを告発したらどうなっていたであろうか、と考えることがある。おそらく、退職時の立場になることはなかったであろう。場合によっては、その時点で警察官生活は終わったと思う。

(2)そうした私が、裏金システムに強い疑問を感じはじめたのは、昭和60年、初めて道警の管理部門のポストに就き、警察庁から来るキャリアと接するようになってからである。キャリアも平気でヤミ手当てを受け取った。中にはこれでは足りないと増額要求したキャリア、異動のとき裏帳簿を持ち去ったキャリア、裏金解消の具申に聞く耳を持たなかったキャリアなどがいた。会計検査院の検査があると、警察庁の指導の下で膨大な時間と労力を割いて組織を挙げて裏金隠しの準備が行われていた。

こんなことを何時までも続けていてもいいのだろうか、こうした疑問を感じながらも裏金システムを解消することを正面から上司に進言はできなかった。裏金システムの解消は、その実態からして警察庁をはじめ全組織がいっせいにやらなければならないことであった。1部の所属だけで解消することは不可能なほど裏金システムは警察組織に根付いていた。一幹部の進言などは無視されるだけであることを知っていたからである。

それでも、平成4年、拳銃摘発強化、いわゆる平成の刀狩が始まりつつあった道警本部防犯部長時代には、防犯部内の裏金による餞別廃止を部内課長に提言してみたが彼らは何の反応も示さなかった。それは、拳銃捜査には協力者が不可欠であり、それには捜査費を本来の目的に従って使うべきだと考えたからである。釧路方面本部長時代にも、本来、パトカーに乗務する警察官に支給するべき日額旅費のピンハネ廃止などを指示したこともあったが、釧路方面だけで全額支給することはできないとの理由で実現することができなかった。そして退職することになった。

たとえ、道警の方面本部長であっても、巨大な警察の裏金システムの歯車のひとつに過ぎなかったのである。 

(3)警察官は、退職後も就職先を斡旋され、OB会を中心とするOBとの付き合いが続く。退職したからと言って警察と縁が切れることはない。退職直後の平成7年には、北海道庁の全庁的な裏金システムが明るみに出たが、道警の裏金システムは追求を免れた。私は、密かに『他山の石』として道警が裏金システムを解消することを願っていた。

平成14年7月、かっての部下である稲葉元警部が覚せい剤使用で道警に逮捕される事件が起きた。彼は道警の銃器対策課でエースと呼ばれた優秀な刑事であった。私は彼の事件の背景には、捜査費が裏金に回されていた問題があると考え、法廷に立ってそれを証言しようとしたが道警の横槍で断念した。その後、平成15年11月、この問題でテレビ朝日の取材を受け匿名で取材に応じた。その録画収録の際に、かって署長を務めた旭川中央署の捜査用報償費の会計書類を見せられ、依然として道警の裏金システムが続いていることを知り愕然とする。

このテレビ放映を機にメディアが道警の裏金疑惑を報道し始めたが、道警本部長は 「捜査用報償費は適正に執行されている」と疑惑を否定した。市川守弘弁護士らが北海道監査委員に住民監査請求をしたが、道警は監査委員の監査には非協力的な態度をとり続けた。私は、このままでは、道警の裏金システムは闇に葬られる。それまでの体験から裏金システムを解消するためには、外圧が必要だ、これが最後のチャンスだ、と考え、市川弁護士とも相談し平成16年2月10日、記者会見を開いて、道警の裏金システムを告発した。 

 5 北海道警察の裏金問題を告発する過程で北海道警から妨害工作を受けたこと

(1)ことの性質上、私は道警から相当のバッシングを受けるであろうことは覚悟していた。記者会見までは行動を秘匿する必要があった。私が、告発することを知っていたのは市川弁護士だけであった。家族にも知らせてはいなかった。このためか、事前に道警からの妨害工作を受けることはなかったが、その前に、匿名でテレビ出演し道警の裏金問題を告発していたので、おそらく道警が「犯人探し」をしていることを予測し用心に用心を重ねていた。

平成16年2月10日の午前10時、市川弁護士が記者クラブに「道警OBが記者会見をする」と連絡をした。私は妨害工作があると考えその時点では家を後にしていた。それが私であることはすぐに知れた。それは、その年の初めに私が信頼しているかっての部下で当時道警本部の部長職にある人物に、メールで「この問題についてOBとして何かをしなければならないと考えている」と知らせていたからだ。自宅を出た後にこの人物から電話が入った。道警では、私を拉致せよとの指示を出し、記者会見場付近で張り込んだが、私が市川弁護士を同道していたためできなかった、ということをメディア関係者からあとで聞いた。

仙波部長の場合には、早くから裏金問題に異を唱える存在であり、事前に県警側に察知されていた形跡がある。加えて、前日にメディアに記者会見の予定を通知しているため、県警側の妨害工作は当然予想されたことではある。県警側とすればすでに大洲署の問題もあり、さらに、現職警察官から内部告発者が出れば甚大なダメージを受ける。どうしても阻止する必要があった。そのため、本部長が、直属の上司の地域課長、気心の知れた同期生に説得させたものと思う。

私の判断では、説得の方法は1つしかなかった。「確かに裏金は問題だ。われわれがその解消に努力するから、時間をくれ」ではなかったか。人事上の優遇処置をほのめかすなど、取引を持ち出すなど明らかに説得の限度を超えている。

(2)私は、記者会見場では、複数のメディア関係者から、記者会見を中止するようにとの説得を受けたが、その関係者がなぜそのような説得をしたのかは不明である。

(3)告発後は、道警関係者からと思われる誹謗中傷の手紙などが郵送されてきた。一部週刊誌には、家族の私的な事柄まで報道された。

私は、市川弁護士を代理人に立て、道警をはじめすべてのメディアの対応を市川弁護士に一任した。道警から事情を聞きたいとの申し入れもあったが、「公の場での事情聴取であれば応じるが、密室での事情聴取には応じない」旨を回答した。

 6 記者会見後に常に尾行などの監視が付いていること

(1)尾行の気配を感じたことは度々あった。常に、尾行がついていることを前提に行動するように注意をしていた。その目的は、私を陥れる材料を探すためであることは明らかであった。私と会うことで迷惑が及ぶことが予想される人、特に現職警察官とは、できるだけ会わないようにしていた。どうしても会うときには、安全な場所を選び、相手が女性の時には1対1では会わないようにした。盗聴に備えて道警に知られると危険な相手に電話するときには公衆電話を利用した。また、自宅には重要な書類は保管しないことにして関係のない場所に分散保管を依頼して捜索に備えた。

(2)「明るい警察を実現する全国ネットワーク」の代表になってからは、各地の市民オンブズマンの集会に招かれて講演する機会が増えたが、必ずと言っていいほど尾行がついた。宿泊先のホテルにも警察の目があった。私の行動が逐一警察に把握されていたことは間違いないと思う。  

 7 .現職警察官である原告が裏金問題を実名で告発することの意味

(1)警察の裏金システムは、現場の警察官を巻き込みながら、幹部の私的な流用を最大の目的に長年にわたって全国の警察で続けられてきたものである。決して、ごく最近はじまったものでも、現場の警察官の慰労のために始められたものではない。それは、まさに組織的な犯罪行為ではあったが、その全貌は現在に至るも明らかになってはいない。

それは、最大の権力機関である警察をチエックするべき機関が機能していないこともその大きな原因であるが、鉄のピラミッドとも称される警察の鉄壁な内部管理体制があったから、長年にわたり隠蔽できたのであり、現在に至るもその実態が解明できないのである。

(2)この内部管理体制を支えているのは、階級制度である。警察官の階級は、上は警視総監から下は巡査まで9つの階級がある。上位の階級にある幹部と部下の関係は絶対服従の上下関係にある。その指示は絶対であり、下意上達の道は閉ざされている。その上、警察官には労働基本権は認められていない。「崇高な治安維持の使命のために」という大義名分の下に、金くれ、物くれ、休みくれの要求は、タブー視されている。なかでも、警察の最大の恥部、裏金システムの存在を口にすることは、警察組織から排除されることを意味している。

(3)これまで、警察の裏金問題に関する内部告発は数多くあった。しかし、それは、現職警察職員の匿名の告発であったり、警察を退職した元警察職員によるものであった。それは、現職のままで警察の最大の恥部である裏金システムを告発したときには、どんな報復が待っているかをすべての警察職員が知っているからである。

私は、仙波部長の例だけではなく、道警でもそうしたことにより左遷されたり、退職を余儀なくされた警察官がいたことを知っている。かって、私の部下だった警察官がある機会に「もっと捜査費を使えば事件の検挙率が上がる」と発言し、これが警察本部の監察官の耳に入り注意を受けたうえ左遷された。彼は、すぐ定年を待たず退職してしまった。彼は優秀な刑事であった。このほかにも、元長崎県警の大宅武彦警部補のように組織的な拳銃違法捜査の内部調査で、長崎県警の裏金システムの存在を指摘したため懲戒免職に追い込まれた警察官もいる。

(4)仙波部長は、すでに33年前に裏金つくりの指示に従うことを拒否した。その結果は愛媛県警による昇任拒否と左遷という報復であった。それでも仙波部長は外部に向かって口を開くことなく県警の報復に耐えてきた。

一点の落ち度もない現職警察官仙波部長の裏金告発は、これまでの告発のなかでも最も重い。愛媛県警がいくら裏金システムの存在を否定しようとも、すべての国民は現職警察官仙波部長が告発した愛媛県警の裏金の実態を信じるだろう。こうした、現職警察官の内部告発は、国民が信じて疑わない「警察神話」が全くの虚構であることを国民にはっきりと知らせる大きな効果があった。 

 8 原告に対する本件の処分が県警本部長の指示の下に行われていること

(1)警察の裏金問題では各都道府県警察に当事者能力はないと考えるべきである。すべて、警察庁が決めたガイドラインの中で対応方針が決められている、と理解すべきである。

このことは、道警やその後発覚した福岡県警静岡県警の裏金疑惑での関係県警の対応方針がほとんど同じであることから見ても明らかである。愛媛県警も例外ではない。そのガイドラインは、物証などがあるものだけを認める、発覚した所属だけに限定し他の所属に波及させない、幹部の私的流用は認めない、不適正執行額は直ちに返還し早期幕引きを図る、などである。

裏金告発があれば、各都道府県警察から警察庁に速報され、その指示の下にその対応方針が決められる。現職警察官の不祥事は、すべて警察庁速報案件である。現職警察官の裏金告発は、警察にとって最大・最重要の不祥事である。仙波部長の、裏金告発は、愛媛県警から警察庁に速報され、仙波部長の配置転換も愛媛県警本部長からの報告により警察庁の指示で行われたと考えるべきである。

(2)道警の場合には、警部以上の人事異動では辞令に配置先のポストまでが指定されるが警部補以下については、「○○警察署(○○課)勤務を命ずる」となり、その所属のどこの課(係)に配置するかは、署(課)長の判断にゆだねられていた。このことは、愛媛県警でも同じである。しかし、これは通常の署(課)内異動の場合であって、仙波部長のように裏金告発をした警察官の異動については、先に述べた理由から、地域課長が独自の判断で行ったとは考えられない。形式上は地域課長が発令したことになっていても、ことの性質上、愛媛県警本部長だけではなく、警察庁の判断と指示で行われた異動と考えるべきである。事実上、任命権者たる愛媛県警本部長の発令と見るのが妥当である。

 9 原告を通信指令室に異動させた目的

(1)警察の裏金問題について実名で告発した現職警察官は、仙波部長が唯一初めてである。

私は、愛媛県警が仙波部長に対してどのような措置をとるかを注目していた。先に説明したように、道警OBの私に対してさえさまざまな道警の圧力があった。ましてや現職警察官であれば、上司の職務命令と言う形で、より直接的に圧力を加えてくるのは目に見えている。しかし、全国各地で警察の裏金疑惑が明るみに出ている状況下で現職警察官にどんな措置をとるのか。公益通報者保護法が成立している状況下で、県警の裏金問題を告発したことを理由に現職警察官を懲戒処分にできるか。道警で人事を担当した私にも、過去に例がないだけに、俄かには判断できなかった。 いずれにしても、県警は仙波部長をそのままにしておくことは絶対にないと考えていた。それには2つの理由がある。

まず、仙波部長をそのまま鉄道警察隊で勤務させると日常の仕事を通じて県民と接触する。これは、愛媛県警の裏金疑惑の「広告塔」を松山市内に走らせているようなものだ。これは早急に阻止しなければならない。2つ目は、仙波部長に対し、早急に何らかの措置をとらないと第2、第3の仙波部長が出てくる恐れがある。そうなると愛媛県警は崩壊する。それを防止するためには仙波部長に対する見せしめ人事が必要だ。愛媛県警上層部は、警察庁の指揮を受けてそう判断したに違いない。

(2)これまでであれば、一巡査部長の告発などは頭から無視するか、強引に懲戒処分にするかで終わらせる事ができた。事実、仙波部長は33年前に裏金つくりに対する協力を拒否したため、昇任の道を閉ざされ、左遷人事という報復が行われていた。しかし、北海道をはじめ全国で次々と警察の裏金疑惑が発覚している状況の下では下手な手を打つとかえって問題が大きくなる。そこで考えられたのが、仙波部長を鉄道警察隊から通信指令室へ配置転換するという人事である。ある意味では、それまでの対応からするとまことに中途半端な措置である。

私は、この人事の目的は、仙波に対する報復ということもあるが、仙波部長を外部との接触を断ち幹部の監視下に置く(手許管理)こと、仕事もないポストで飼い殺し同然の状態に置き、他の職員に対する見せしめ、警告することにあったと考えている。

(3)この人事異動に際して、拳銃を仙波部長から取り上げたことについては、県警側の狙いは、拳銃の取り上げそのものにあるのではなく、「自傷他害のおそれあり」という理由付けに意味があったのではないかと思う。警察官が、職務上使う武器を自らの命を絶つためや他人に危害を加える恐れがあるとされることは、警察官としての資格を剥奪されたに等しい。県警側は、仙波部長にそうしたイメージを作りたかったから、そうした理由をでっち上げたのである。拳銃の取り上げには意味はなかった。その証拠に後日返還したと聞いている。

 10 4月の定期異動を控えて1月に突然異動することの異常性

(1)私は、道警に在職中に人事を担当する警務課長を務めた経験がある。警察の人事異動は、通常は年2回の定期異動が原則であるが、不定期異動は、例えば警察署長の死亡など突発的なケースで長く空きポストにしておけないケースなどで行われることがある。しかし、仙波部長の配置転換はこれには該当しない。しかも、配置先のポストもなかった。一巡査部長の異動のために新しくポストを作ることなどはありえない。ちなみに、警察の組織変更は定期異動の前に行うのが原則である。そうした意味では異常な配置転換であることは間違いない。なお、警察職員の不祥事などで懲戒免職にしたため空きポストが出ても通常は定期異動で補充する。できるだけ目立たないようにするため定期異動に紛れ込ませるためだ。

(2)異動の時期が、1月であったことが異常であったのではない。仙波部長の配置転換は、先に述べたような理由によるもので、愛媛県警としては緊急性があったのだから本来であれば、即日にでも発令したかったのではないかと考えられる。それを1週間後になったのは、現職警察官の裏金告発という警察からすれば異常な事態は過去にも前例がないだけに、愛媛県警だけでは判断ができず、警察庁の指示を待って発令したためか、あるいは記者会見即配置転換では、いかにも報復人事と受け取られかねないところから1週間という間を作ったか、のいずれかではないかと推測しているが、私は前者の理由だと考えている。

 11 その他、これらに関連する一切の事項

(1)警察の裏金システムは、何時始まったかも分からないほど長い間続けられてきた。道警の9億6272万円を筆頭に全国の警察で12億余円を返還して、幕が引かれようとしている。これは、実際に全国の警察が裏金として使った額は天文学的な額で12億余はまさに氷山の一角ともいえないほどのわずかなものと考えなければならない。これはすべて国民の税金である。しかし、依然として裏金システムの全貌はヤミに葬られたままである。(2)かくも長く、警察の裏金システムが発覚しなかったのは、1つは警察をチエックすべき公の機関、知事、議会、公安委員会、監査委員など、さらにはメデイアまでが形骸化していたこと、もう1つは、階級組織を梃子とした警察の隠蔽体質があったからである。そこでは、「3くれ」はタブーとされ、下意上達の途は閉ざされる。警察官の自殺も多い。それに歯向かう警察官を待っているのは、左遷か、自主退職かである。そうした警察官の相談に乗る受け皿が必要であった。そのため、「明るい異警察を実現する全国ネットワーク」を結成した。現在、仙波部長のほか4人の警察OBの訴訟などを支援しているほか、多くの警察官から悩み事などの相談を受けている。(3)裏金システムが明るみに出たことは、日夜国民の安全のために現場で汗を流している警察官にも少なからず影響を与えている。国民の非難にさらされるのはこうした現場の警察官である。責任のある警察本部長をはじめキャリア官僚は責任を取ることはない。道警本部長をはじめ、道警上層部の幹部はすべて栄転している。今こそ、現場の警察官が胸を張って仕事ができるよう、警察の裏金システムを根絶しなくてはならない。これが最後のチャンスである。それが、国民の警察に対する信頼を回復する唯一の道であると確信している。(4)仙波部長に対する、県警による配置転換人事については、すでに県人事委員会が「人事権の乱用である」として取り消す裁決をしている。私は、当裁判所でも同様の判断をしていただけるように、強く望むものである。

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